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「ミハエル・ハイメロート、呼びかけに応じ参上いたしました」
車椅子から立ち上がり、衛兵に付き添われたミハエルが扉に呼びかける。
内部から、お入りなさい、という声がし、ミハエルは扉を開ける。
後ろには面倒くさそうなエヴァがいる。
衛兵がものすごい形相でエヴァをにらみつけている。
ミハエルが扉を開け、エヴァが扉を閉める。
衛兵は入ってきていない。
ミハエルが玉座の真下に歩み寄る。
「申し訳ありません、呼び止めてしまって」
少女、レオノーレが立ち上がり、ミハエルに歩み寄る。
たまらず、ミハエルは床に膝を着いた。
「かまいません、ミハエル。無礼講です」
にっこりとレオノーレが微笑むが、立ち上がったミハエルは緊張した面持ちで気をつけをしている。
「さて、はじめにお客人に伝えておくべきことがありますね。私の名前は、レオノーレ・リザ・フォルハート。カルラの子供の一人です」
エヴァがあわてるが、ミハエルは無反応である。
「そのご様子だと、あなたも?」
レオノーレがエヴァの瞳をのぞきながら尋ねる。
「あ……ああ」
柄にもなく、エヴァがうろたえている。
カルラの子供というのは、アクトーブの吸血鬼化実験の被害者たちのことである。
生存者は五人いるかいないか、と言われているのだ。
「……孤児院のことは私も良く存じております。アクトーブ連邦改革のために立ち上がった二十二人の戦士」
エヴァの瞳から寸分も視線をはずすことなく、レオノーレが言う。
「連邦の人民にとっては英雄ですわ。もっとも、生き残りはもう少ないですけれど」
レオノーレが視線をはずし空を見上げると、エヴァの額から冷や汗が噴出した。
そんな様子を見て、レオノーレは微笑む。
「そんなにおびえずともよろしいですよ? 何もあなたを殺そうとしているわけではありません。あなたにお願いがありますの。エヴァンジェリン」
「お願い?」
エヴァがレオノーレの瞳を見つめる。
金色の目だが、底が見えない。
「ええ」
レオノーレが息を吸い込んだ。
「私の友人になっていただけませんか?」
ぎゅっとエヴァの手を握り、上目遣いに見上げる。
グライツにはたいそう効いただろうが、エヴァは笑みを浮かべるだけだ。
「なんだ、そんなことか。もちろんだとも。カルラの子供同士、仲良くしようじゃないか」
エヴァがレオノーレの手を強く握り返す。
ミハエルがほほえましげにその様子を見つめていたが、突如扉が破れんばかりに開かれた。
肩で息をしている男の衛兵が駆け込んできた。
「も、申し上げます! シェズナ・ポートが何者かにより占拠されました!! 敵勢四十人以上! 重火器ならびに魔法使い複数!!」
それだけ告げると男は崩れ去り、どっさりと床に倒れた。
距離にして一キロはあるだろうか、そんな距離を動きにくい鎧を纏ったまま走ればしょうがない。
「建国記念日だと言うのに、無粋なまねをしますな」
ミハエルが冷たい声で言う。
「……残念ですわ。ミハエル、鎮圧をお願いできますか?」
同じく、冷たい声のレオノーレが言う。
ミハエルはうなずくとエヴァに目配せをした。
エヴァもうなづき、ミハエルを車椅子に乗せ、そのまま車椅子を持ち上げて走っていった。
――――
シェズナ・ポート。
公式には三つしかない、シェズナへの入国方法のひとつだ。
アネア大陸西側に位置し、主に海路からの旅行者を出迎えている。
貿易港としても有名であるのだ。
そんな場所が、占領される。
決して警備はずさんなものではないのに、だ。
ミハエルを持ち上げたままのエヴァが息を切らせながらたどり着くと、周囲は物々しい雰囲気が立ち込めていた。
シェズナ警備隊の面々が武器を手に客船をぐるりと取り囲んでいるためだ。
手に手に武器を持ってはいるが、状況は有利ではない。
おそらく何百人もの人質が詰まれた船を前に、彼らは威嚇することしかできないのだ。
エヴァに持ち上げられたミハエルを見て、警備隊が道をあける。
エヴァがミハエルを車椅子ごとおろし。状況を警備兵にきいている。
「なあ君、.403マグナム弾を持っているか?」
ミハエルが警備兵の一人に尋ねる。
「は? ええ、ありますけど……」
警備兵がベルトに挟んだスピードローダーを五個取り出しながらそう答える。
三十発の銃弾が手に入った。
「武器は進化しても弾はなかなか進化しないものだな。ありがとう」
ミハエルが懐から銀色のリボルバーを取り出し、弾を装填しながら言う。
「そ、その武器で鎮圧を!?」
警備兵の間に動揺が走る。
アサルトライフルなら問題はないが、装填数六発の単発式の銃でテロリストを排除しようとしているのだ。無理はない反応である。
「何、こいつとは古い付き合いだ。なれた武器のほうがやりやすい」
ミハエルはさらりとそう答える。
「ミハエル、空間魔法で内部に侵入してから食堂を確保しろ。人質は全員そこに集められている。いいか? 潜入だぞ?」
エヴァが地図を指差しながら言うと、ミハエルはため息をついて車椅子から立ち上がった。
「わかった。それじゃあ、いってくる」
散歩にでも行くような気楽な声がした後、ほんの瞬きほどの一瞬の間に、ミハエルの姿が消え去った。
警備兵たちは動揺しているが、エヴァはなれたようにため息をつき、哀れそうに船を見つめていた。
「なあ、目的が鎮圧じゃなくて殲滅に変わっても問題ないのか?」
エヴァが遠い目をしながら言う。
「死傷者が出ないことに越したことはありませんが、やむをえんならば問題はありません」
ミハエルに銃弾を与えた男が言う。
その言葉にエヴァが大きく息を吐き、車椅子に崩れるように座り込んだ。
「どうなさいました?」
「おそらく、テロリストどもは生きてはかえれんだろうな、と思ってただけさ」
警備兵が疑問符を浮かべるが、エヴァは笑みを浮かべるだけであった。