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4-1

 少し、歴史の話をしよう。

 およそ三百年前、一つの国が滅亡した。

 アネア大陸西方の国、ユーティフィア民主主義国。

 政治家の汚職によって国民を失った国である。

 最終的に政治家対国民軍という争いが起こり、政治家は国民軍鎮圧に国の軍隊を投入した。

 政治家たちは自らが甘い汁を吸えなくなる事をおそれたのだ。

 だが、ある一人の軍人により政治家たちは国と心中する事になる。

 レオノーレ・リザ・フォルハート中佐。

 ユーティフィアただ一人の女性佐官である。

 彼女の呼びかけによりユーティフィア正規軍の実に九十%は国民軍側に味方する事となった。

 その偉大な勇気と偉大な功績をたたえ、人々は彼女を女王に推薦したのだ。

 ただ、彼女にはある大きな秘密があった。

 真祖の吸血鬼だったのである。

 五百年前、アクトーブ連邦では狂気の実験が行われていた。

 人工的に吸血鬼を作り出すこと。

 おびただしい数の屍をつくり、数々の非人道的行為を繰り返したアクトーブはやがて内乱により滅亡への道を歩んでいった。

 その狂気の実験の数少ない成功者の一人が彼女である。

 アクトーブ滅亡以来、彼女は人にまぎれて生き続けていたのだ。

 もっとも、自らを隠すよりは開き直っているのだが……。


――――


 シェズナ公国。

 ユーティフィアの国民が作り上げた国である。

 世界でも珍しい女性優位の国だ。

「ねえ、フリッツ」

 一人の少女が立派な玉座に腰掛けている。

 身長が足りないせいで、椅子に腰掛けたままだと足が床に付いていない。

 十才を少し過ぎた頃であろう。

 黄金色の髪の毛と瞳がまぶしく日の光を返している。

 雪のように白い肌と相まって思わずため息が出そうなほどの美しさだ。

 だが、少女を包む雰囲気は普通のそれではない。

 まるで老婆のような雰囲気をまとっているのだ。

「はい、我らが君」

 その少女の前にひざまずくのはたった一人の男だ。

 青いシェズナの軍服を着た若い男である。

「式典の警戒は大丈夫ですか?」

「はっ。来賓席の警備を中心としております。もとより我らがシェズナ国民の弱点は不可視範囲の狙撃のみです。近距離格闘ならば右に出るものはいません」

 はきはきと男が答える。

 少女がにっこりと笑みを浮かべた。

「そうですね。シェズナの教育の質もずいぶん上がりました。でも、慢心は油断を生みます。油断は即、死につながるでしょう。いつも人間の敵は油断です」

 人差し指を立てながら少女が言う。

 フリッツが感心したように息を吐いた。

「式典には珍しいお客様もいらっしゃいます。先の魔法実験歩兵隊の面々が揃いますから、心配は無いと思いますが……」

「な! あ、あの戦争の英雄が!?」

 フリッツが大声を上げた。

「えぇ。アルテュールが動いてくださいました。我らが友は皆本当に優しいですね」

 少女が玉座から立ち上がり、笑みを浮かべた。

 年老いた笑みだ。

「無論、フリッツにも感謝しています。いつも私の事を気に掛けてくださる。たまらなく嬉しいのです」

 その言葉にフリッツは頭が床に付くほどに頭をたれた。

「もったいないお言葉です。我らが君。このような若輩に――」

 少女が歩み寄り、フリッツの肩に手を触れる。

「この様な子供に頭をたれるものではありません。フリッツ。本来ならば生き物は等しく生があるのです。身分など無い、そんな世界を私は見てみたい。人々が共に歩み、笑顔の絶える事の無い国を見てみたい」

 少女が天窓を見上げ、雲の様子を眺めた。

「今日は晴れですね。絶好の日和です」

 尋ねるでもなく、少女はそうつぶやいた。


――――


「なんだって私が貴様の連れをしなければならんのだ」

「良いじゃないか、どうせ暇なんだろう?」

 エヴァとミハエルが船に揺られてシェズナへと向かっている。

 本日はシェズナ建国三百年の式典が開かれるのだ。

 エヴァがじろりと甲板を見渡す。

 周囲の半分以上の人間は青いシェズナの軍服をまとっている。

 エヴァの眼の前の車椅子に腰掛けるミハエルもその服装だ。

「私は国内に入れるんだろうな?」

 エヴァが尋ねる。

「私が交渉して見るが……ダメなら済まない」

「はぁ……ダメなら故国を見てから泳いで帰らせてもらうぞ」

 吸血鬼であるエヴァは泳げないのだが、死ぬことが無いので海底を伝って大陸までたどり着くつもりなのだ。

 続いてエヴァが何かを言おうとしたときにアナウンスが流れた。

「お疲れ様でした。シェズナ・ポートに到着します。下船の準備をお願いします」

 エヴァは口をつぐみ、ミハエルの車椅子を押して船室へ戻った。


――――


 二人の眼の前には何十メートルもの白い石壁が聳え立っていた。

 シェズナ・ゲートである。

 外国からの一切を拒絶する壁だ。

 その壁のところどころに門が作られている。

 門番が四人ずつ控え、手にハルバードをもっている。

 入国審査が始まった。

「ようこそ、我らが友」

 門番の一人がミハエルに近寄り、握手を求める。

「ただいま、我らが友」

 一連の合い言葉のようなものを交わすと、門番がエヴァをにらんだ。

「この方は?」

「私の古い友人さ。ダメかね?」

 門番はエヴァとミハエルを交互に見る。

「我らが友、貴方の名前は?」

 門番がミハエルに尋ねる。

 いつの間にかほかの門番が二人を取り囲んでいた。

「……ミハエル・ハイメロート」

 その名前をつぶやいたとたん、門番達がいっせいに敬礼をした。

 ミハエルも見事な返礼で答える。

「ご無礼をお許しください、我らが父よ。今我らがここにあるのも貴方のおかげです」

「まっすぐ公爵宮へとのお達しであります、我らが君が謁見なされます」

 ため息を付いてエヴァがミハエルの車椅子を押してゆく。

 壁の中に入ると石灰石作りの建物が立ち並んでいた。

 真っ白な壁が陽光を反射している。

 道路も石灰岩を敷き詰めて作られているのか、まばゆく光を反射していた。

 まさに輝く都市である。

「公爵宮って……王宮のことか?」

 まぶしそうに目を細めてエヴァが言う。

「ああ、この通りの先……あの建物だ」

 ミハエルが指差すのはひときわ大きな建物だ。

 噴水広場のすぐ奥である。

 だが、王宮にしては少々地味であった。

「我らが君が私に謁見してくださるとは、この上ない誉れだ。長生きはするものだな」

 笑みを浮かべながらミハエルが言った。


――――


 公爵宮の内部は広い。

 だが、兵士の数はあまりいないように思われる。

 武器を手にしているのは全員が女性だ。

 先導している二人の女性は腰の左にレイピアを携え、右に銃身の長い銀色のリボルバーを携帯している。

「お連れの方はここでお待ちを。謁見許可の無い者はいかなる理由であろうとも我らが君に合わせるわけには参りません」

 女性兵士がそう言うとエヴァはため息を付いて壁にもたれ、目を閉じた。

 ミハエルが車椅子から立ち上がり、杖を付きながら玉座の間の扉を叩いた。

 ぴいんと空気が張り詰める。

 内側から扉が開かれる。

 玉座に座っているのは少女だ。

 部屋には数えるほどの兵士しかいない。

 親衛隊の面々だ。

「お久しぶりです、ミハエル。三十年ぶりでしょうか」

 にっこりと少女が笑う

「ええ、長い年月でした。すっかり私も老いてしまって」

 自由のきかない脚でミハエルがひざまずく。

 十メートルは離れているだろう。

「そんなにかしこまらなくともよろしいですわ。貴方はもう少し胸を張って生きるべきです」

 少女がミハエルに歩み寄り、右手を差し出す。

 ミハエルはその手をとり、手の甲に口付けた。

「もう少しで式典が始まります。それが終われば無礼講ですから、どうぞお楽しみになってください」

「御言葉のままに」

 ミハエルが床に頭を付けた。


――――


「我らが君の御成り!」

 式典は厳かにはじめられた。

 公爵宮のベランダから少女が出で、深く頭をたれる。

「今年は、記念すべき年であります」

 少女がマイクに向かって言葉をつむぐ。

「シェズナ建国三百年、そして、あの悲惨な戦争から六十年」

 一切の私語は無い、静まり返った国があった。

 テレビ中継も入っているのだろうか、あちこちにカメラが見える。

 集まった人間は数千人はいるだろう、街路中に青の軍服がひしめいていた。

「腐った政治から我らが独立してから実に三百年であります。あの日、我ら人民は政治に勝利したのです」

 国のトップが、自らを人民と呼ぶ。

「そして、一時の感情に支配された戦争。その結果として残された、七個のクレーター。残されなかった、数多くの命」

 周囲からすすり泣きが聞こえる。

「現在も、世界では戦乱が続いています。しかし、世界で最も悲惨な戦争を繰り広げた我らがその戦争の愚かさを語る事が、せめてもの償いではないのか、と考えるのです」

 割れんばかりの拍手が響く。

 人々は諸手を上げ、万歳、万歳、と叫んだ。


――――


 白い鳥が空を舞っている。

「今日は喜ぶべき日です。皆今日は自由に楽しみ、明日への活力となさってください」

 そんな言葉で式典は閉められた。

「なあおい、ミハエル」

 エヴァが退屈そうにつぶやく。

「ああ、なんだね」

 どこか呆けたようにミハエルが言う。

「あの子がこの国の元首なのか?」

 エヴァが顎ではるか遠くの少女を指す。

「その通りだ。詳しい経歴は知らんがな」

 その言葉に、エヴァは眉をひそめた。

「まぁ、どうでもいいか。そんなことより酒だ、どこかに良い場所は?」

 マイペースを突っ走るエヴァである。

 慣れたようにミハエルが苦笑いを浮かべ、脇の店を指差した。

 酒場には違いないが、決闘場の看板が掲げられている。

「……お前」

「美味い酒と料理があるんだ。なかなか面白い場所だぞ?」

 浮かれているのか、ミハエルがそう言った。


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