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3-6

「幸せになれる身分だと思っているのか?」

 白い仮面を付けた男が尋ねる。

 仮面は作りものの固められた笑みしか浮かべてはいない。

「何?」

 グライツが聞き返す。

「心のそこではわかっているんだろう? お前はリエイアに嘘を突き通さなければならない」

 仮面の男がグライツの周りを回りながら言う。

「それにお前が耐えられるか? 自分が思っているほどお前は強く無い」

 コツコツと靴音が響く。

「お前に何がわかる。自分の一番深い感情を解き放つ勇気もない男が――」

 グライツが言うと仮面は乾いた笑いを放った。

「は、は、は。それはお前だろう? グライツ。失う運命なんだよ、初めて人を殺したときから、いや、十四年前からと言っていいな。お前が生まれたのはそのときからだ。我が親愛なる弟よ。俺の体を分けた男よ」

 仮面の男はゆっくりと自らの仮面に手をかけ、仮面を取り外した。

 白い顔にツンツンと黒い髪の男。

「なあ、グライツ。お前はイツまでそうやって振舞う? 一年か? 十年か? 死ぬまでか?」

 仮面の下から現れたのはグライツ自身であった。

 いや、ウォルフガングであった。

 グライツの本当の人格、孤児院の死神。

 ウォルはゆっくりと近づき、鼻が触れ合うほどの距離まで歩み寄った。

 泣きそうな顔である。

「限界が来たならば、苦しませはしない。私の手で、彼女を送ってやる」

 グライツが苦々しげにつぶやく。

 ウォルフガングの瞳に自分がうつっている。

 自分と同じ顔の人間を見るのは誰だって苦手だ。

 どこに視線をやっても自分しかいない。

「そうか、そう、か。ならば安心だ。雨の日には気を付けろよ」

 ウォルが背を向けた。

「お前こそ」

 グライツも背を向け、互いに同時に反対方向に歩き出した。

「ああそうだ、選択肢はいくつでもある。たとえば……リエイアを孤児院に引き込むとかな」

 ウォルが靴音を響かせながら言う。

「……リエイアに血は見せたくない」

 グライツが靴音を響かせながら言う。


――――


「っ……」

 グライツの瞼が上がる。

 窓の外を見るとひどい雨であった。

 夢を思い出してふと我に帰る。

 もともとは十四年前の事件でウォルフガングから分離した人格。

 表の世界のためだけの人格である。

 ある程度自制はできるが、それでも感情が高ぶればウォルフガングが出てしまうだろう。

 そっと胸に手を当てる。

 心臓の鼓動を確かめる。

 規則正しい穏やかな鼓動が生を実感させてくれる。

 グライツは息を吐き、隣室のリエイアを起こさないように朝食の準備を始めた。


――――


 雷鳴が窓を震わせる。

 孤児院に休みは無い。

 いつ依頼人が現れるともわからないのだ。

 ウォルはぼぅっとした様子で窓を見つめていた。

「どうしたんだね、グライツ君」

 ミハエルが尋ねる。

 エヴァは任務のために外に出ている。

「……想い人に心を告げたのですが……はたして私は幸せになっても良いのでしょうか」

 その言葉にミハエルはため息を吐いた。

「私もわからん。おそらく誰にもわからんだろうな」

 ミハエルは大きく息を吸い込んだ。

「私がシェズナの軍人だったと言うことは知っているな?」

「えぇ。以前伺いました」

 ウォルが答える。

「私は何百人も殺した。殺したのが軍人なのか一般人なのか、男なのか女なのかすらも今でもわからん。そういう奴らも今では幸せな家庭をきづいているものだ」

 悲しげにミハエルは視線を落とした。

 ミハエルのデスクには、古びた写真が真新しい写真立てにおさまっている。

「大勢死んで、大勢殺したよ」


――――


 魔法戦争と呼ばれるその戦争はおよそ五十年前のケファウスの威力偵察に端を発する。

 イデオロギー対立や宗教観の違いから、当時何回も会議において小競り合いを繰り返していたアネア大陸東方の国、ラ・ケファウス共和国が西方、シェズナ公国の領地に戦用大量破壊兵器査察を建前に独断で侵入、警備兵四名を殺害し十二名を捕虜としたのだ。

 これに怒り狂ったシェズナ公国軍部は宣戦同時攻撃を開始。

 かくして、アネア大陸は戦火に包まれたのである。

 これが、現代の汚点とも呼ばれる魔法戦争である。

 互いに世界一の魔法大国と世界一の技術大国同士であった。

 兵器の改良につぐ改良をかさねた両国はついに禁断を手にした。

 ケファウス側は魔術師数人を使い、きわめて殺傷・占領性の高い魔法を開発し、シェズナの前線を崩壊させた。

 地下水をコントロールし、飲料水の補給を断つ魔法。

 空気の酸素濃度と気圧を操ることで人体を完膚なきまでに破壊する魔法。

 果ては、溶岩すらもコントロールする魔法を開発し、自国首都にいながらシェズナの首都を攻撃できる状態とした。

 対するシェズナ側は衛星軌道に複数の人工衛星を配備、これによりシェズナは全世界を射程に収める事となる。

 技術力を用い、自国を完全に射程に入れたに巨大な荷電粒子砲を開発することにも成功した。

 そして、シェズナは最悪の兵器を開発する。

 核を開発したのだ。

 後にメギドの火と呼ばれる七発の超水爆である。

 アネア山脈の交通路を破壊し、ケファウス人が国に入ることを無理やり止めさせたシェズナ人の愚行である。

 戦後、蒸発した山脈にぽっかりとあいた七個のクレーターの惨状を目にした世界議会の人間とバストーク、クローシャ、アネア大陸の首相たちは二度と戦争をしないと強く心に誓ったのであった。


――――


「君は自分自身の正義にしたがって今までを生きてきたのだろう?」

 視線をウォルに会わせ、ミハエルが尋ねる。

「えぇ。私の正義……すべての加害者の根絶を願って今まで生きてまいりました」

 力強くウォルが言う。

「そうであれば何も恥じることなどない。私も国のために戦ってきた。既にケファウスへの憎悪もうらみもない」

 にっこりとミハエルが微笑む。

「君のやりたいようになればいい。神が君を許さないのならばそのようになる。だが、神が止めないのであれば君は生き延びられる。それにかけるのも悪くないとおもわないかね?」

 人差し指をたて、ミハエルが言う。

「そう……ですね。ありがとうございます。おかげで整理が付きました」

 にっこりとウォルが微笑む。

「ある程度の面倒はこちらで処理してやる。気にせずにやればいいさ」

 どこまでも朗らかにミハエルが言った。


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