3-5
一台のバイクが中央市街を走ってゆく。
激しい雨が降っていたのだが今はすっかりと止んでいる。
だが、雲は厚く、周囲は薄暗い。
通りの石造りの建物と調和して重苦しい空気を作り出していた。
グライツは慎重に学校の校門前にバイクを止め、周囲を見渡す。
ちらほらと学生の姿は見えるが、目的のリエイアの姿は見えない。
何人かの女子学生がグライツを見上げ、何人かの男子学生はグライツのバイクを見つめた。
しばらくしてリエイアが出てくると、グライツはバイクにまたがりエンジンをふかす。
学校から自宅までの距離が遠いものも多いので、この学校では自動車やバイク、果ては空からの交通も許可されているのだ。
「んじゃ〜ね〜!」
「ほいよー! 今度の休みなー!」
「また明日」
いつもの二人と校門で別れると、リエイアがグライツのバイクにまたがり腰に腕を回す。
エンジンにグライツの魔力が注ぎこまれ、一気にスピードがあがった。
――――
車庫にバイクをしまうと、グライツは部屋のベッドに飛び込んだ。
「(いつまでもこうはできんな……。やるとすれば、今日、か)」
ふぅ、と一つため息が落ちる。
「(どこで間違えてしまったんだ……俺は……どちらで生きればいい?)」
大きく息を吸い込み、グライツは目を閉じた。
――――
リエイアも部屋でベッドに横になっていた。
「(どうしよう、この気持ち)」
最近、グライツに会うたびに胸が高鳴っているのだ。
「(だめでもいいから、伝えよう。それで、楽になろう)」
ふぅ、と息を短く吐き、リエイアは目を閉じた。
――――
グライツが目を覚ますと、部屋は真っ暗であった。
さあっとグライツから血の気が引いてゆく。
夕飯の準備をしていないのだ。
弾ける様にしてグライツは扉を開け、三段ほど飛ばしながら階段を文字通り飛び降りて行く。
壊れるほどの勢いで扉を開けると、リエイアが夕食の準備をしていた。
――――
リエイアが目を覚ますと、部屋は夕日が差し込んでいた。
大きく伸びをしながらリエイアが立ち上がり、グライツの部屋の扉を開ける。
規則正しい寝息が響いている。
「寝てるのか〜」
ふぁぁ、とあくびをしてリエイアはキッチンへと降りていった。
冷蔵庫から野菜と魚介類、卵を取出し、手早く調理してゆく。
普段は料理はグライツに任せっきりなのだが、リエイアもり料理ができないというわけではないのだ。
見た目はグライツに数段劣るが、味はほとんど同じである。
リエイアはフライパンにバターをおとし、フライパンを熱する。
順番なんて気にしない。
魚の切り身をバターが溶けたところに落とし、表面がカリカリになるまで焼いてゆく。
リエイアも肉より魚派なのだ。
バター焼きを二つ作ると、次は野菜炒めに取り掛かる。
適当な野菜を切り、フライパンに入れて炒める。
そのあとにウインナーと卵を入れて火を通せば出来上がりだ。
手軽に作れるものですから、とグライツが教えたものである。
すこしつまみ食いすると、リエイアは笑みを浮かべる。
足音に気づき後ろを振り返ると、グライツが歩いているところだった。
――――
「すいません、眠ってしまいました」
ばつが悪そうにグライツが歩み寄る。
「あ、座ってて。後は盛り付けるだけだからさ」
リエイアが皿に料理を盛りつけながら言う。
「そう……ですか。ならば、お言葉に甘えるとしましょう」
グライツが腰掛けると、横からイリヤがじゃれてくる。
軽々と膝の上に跳びのり、ごろごろと喉を鳴らす。
どうもグライツの膝の上はお気に入りの場所のようだ。
ふっと穏やかな笑みをグライツは浮かべる。
考え事をしているためかリエイアの顔が真っ赤に染まっていることには気づいていない。
どこか呆けたようにリエイアが皿を持ち、グライツの前に置こうとするが足がもつれてバランスが崩れてしまう。
「へ? うぅわわわっ!?」
リエイアは皿を放さずに後ろへとのけぞる。
グライツは反射的に指先から魔力糸を放出し、リエイアを抱き止めた。
穏やかな瞳は既に無い。
「あ、ありがとう」
顔を赤らめながらリエイアが言う。
「無事で何よりです」
再びグライツの顔がほころぶ。
リエイアの顔がさらに赤らんでいった。
――――
食事が一段落すると同時に会話が途切れる。
グライツは立ち上がり、食器をさげる。
リエイアはイリヤに構っている。
二人ともチャンスをうかがっているのだ。
「あの――」
「グライツ――」
二人が同時にそうしゃべる。
はっとした顔で二人とも顔を赤らめた。
「あ、あなたからどうぞ」
「い、いや、グライツからでいいよ」
互いに汗を掻きながらそんな会話をする。
グライツが覚悟を極めたように大きく息を吸い込んだ。
「……リエイア……そ……の……す……好きなんです、貴女の事が!」
耳たぶまで真っ赤にしてグライツが言う。
「気分を害したのであれば気にしないでください。私は……!」
グライツの胸にリエイアが飛び込んでくる。
タックル気味のものであったが、グライツはニ、三歩よろめいただけでバランスは崩さなかった。
放り出されたイリヤが不機嫌そうににゃあと鳴いた。
「ボクも、好き、っく……ありがとう、ありがと、グライツ……!」
ぽたぽたとリエイアの瞳から雫がたれる。
「リエイア……」
グライツがリエイアの細い肩を抱きしめる。
不機嫌そうなイリヤはしばらくするとどこかへと去ってしまった。
「実はね、ボク、あの時起きてたんだ」
グライツにしがみついたまま、リエイアが言う。
「あの時?」
「"おれがこがれるねむりひめ"」
リエイアが悪戯っぽくそうつぶやくと、グライツの顔が真っ赤に染まった。
「うれしかったけど、あのセリフはさすがにないと思うね」
「っっ――!!」
グライツは眼を固く閉じ、真っ赤な顔を左右に振っている。
「ま、そのおかげでグライツがボクのことが好きってわかったんだけど。あは、信じられないや」
涙声になりながら、リエイアは言う。
「……イリヤには、感謝しなくてはいけませんね」
「ん、そうだね」
それから、イリヤの食事がほんの少しだけ豪華になったのは言うまでもない。