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1-2

 街から少し歩くと、のどかな風景がグライツを迎える。民家は全く見当たらない、奇妙なほどに閑散とした場所だ。わずかな草原と荒地が広がり、遠くには丘や山脈、雑木林が見受けられる。

 そんな場所に、一軒の真新しい洋館が建っていた。グライツの家である。少しばかり交通は不便だが、それを除けば非常に良い場所だ。空気はきれいだし、治安もそれほど悪くはない、というよりは、周囲に人がいない。

 グライツはふぅ、と息を吐くと、大きすぎる家の扉を開けた。広すぎる玄関ホールがグライツを出迎える間もなく、グライツは真っすぐに浴室へと向かう。

 彼の両手には、人を殺し、パーツを引きちぎり、えぐり取った感覚が残っているのだ。足早に浴室へと向かう途中、背後から小走りに駆け寄る足音が聞こえる。グライツは驚いたように振りかえると、少女が、グライツの腰の辺りに思いっきり抱きついていた。

「グライツ! おかえり〜!」

 黒く輝く長い髪を一つに纏め、ショートパンツにラフなTシャツを着ている。太陽のように明るいその少女の名は、リエイア・シューリエー。訳あって一緒に暮らしている少女だ。

「ええ、ただいま戻りました。リエイア」

 グライツの顔は自然とほころぶ。彼はこの瞬間だけは、普段の無愛想な表情から一転し、好青年へと姿を変える。だが、グライツの手がリエイアに触れることはない。

「先にお風呂に入らせてください。用事はそれから」

「ちぇ〜」

 おとなしくリエイアはグライツを解放する。グライツは微笑んだまま、浴室へと向かった。

 脱衣場の扉をしめると、グライツは溜息を漏らした。リエイアといることに不満があるのではない、彼女を不浄の腕で触らないように細心の注意を払ったためだ。リエイアはグライツの本当の顔、孤児院を知らない。

 はぁ、と本日二回目の溜息を漏らすと、グライツは服を脱いでゆく。黒装束の下は男にしては細すぎる体だが、リエイアのタックルを受けとめる程の筋肉は薄くついている。傷は皆無と言っていい、危険な職業でありながら、頭のてっぺんから爪先まで、傷らしい傷は見当たらなかった。

 グライツは扉を開け、シャワーの栓を一気に捻る。予想より温度が高かったのか、グライツの体がびくっと体が震えた。

 軽くシャワーを浴びるだけにし、グライツは浴場を後にする。手早く体を拭き、服を着込んだが、髪は濡れたまま、グライツはリエイアの元へと向かう。彼にとってリエイアは、目に入れても痛くない程に愛しく、大切な存在である。

 グライツはリエイアの待つ食堂へと向かった。

「お待たせしました」

「おっそ〜い! お腹減った〜!」

 グライツは苦笑いをうかべながら、手早く昼食の準備をはじめてゆく。二人で作業し、三十分もたつと簡単ではあるが料理が出来上がった。

 スクランブルエッグにコーンスープ、サラダ、トースト、白身魚のムニエル。コーンスープやムニエルのソースはあらかじめ用意してあったものだが、それ以外は手作りである。

「グライツって料理上手だよね〜」

「ありがとうございます。さあ、冷めないうちに」

 グライツが顔をほころばせながら言うと、家にリエイアの元気ないただきますの声が響いた。


――――


「ねえ、グライツ」

 食事もあらかた終わった頃、リエイアが切り出した。

「魔法の訓練つけてくれないかな?」

 その言葉に、グライツは顎に細い指を当てて考え込む。

「えぇ、かまいませんが……これからですか?」

「ん、食後の運動にね」

 リエイアは立ち上がり、大きく伸びをする。ちらりとリエイアのへそが見えると、グライツは顔を赤らめてふいと眼をそむけた。

「先に洗い物を片付けてからですね。それなりに本気でいかなくては負けそうですから」

「むっふふ〜ん♪ 誉め言葉と受け取っておくよ」

 二人は仲良く皿を下げ、片付けを開始した。

 それからまた三十分もすると、二人は家の外で向き合っていた。

「ルールはいつもどおり、十秒ダウンかギブアップまでです」

「おっしゃ〜! 今日こそは勝つぞ〜!」

 リエイアは軽いステップを踏み、三十センチほどの木の杖を構えながら間合いを取る。家の一本の木に止まっていた一羽の鳥の鳴き声と同時に、リエイアが詠唱を開始した。

「エルグ・ウォールド・レイヴォ!」

 リエイアがその文句を呟くと同時に、グライツの体が霜に覆われた。

「な……っ!?」

 二人の距離は五メートル程であろうか、その距離を文字通り、凍てつくような冷気が包み込んだ。グライツが息を吸い込むと、乾燥した空気が流れ込んだせいか咳き込んでしまう。

「も〜らいっ♪」

 その様子を見たリエイアは体を低く落とし、杖を持ったままグライツに突撃した。

 それと同時に、グライツの顔に笑みが浮かぶ。

「事を急いては期を逃しますよ」

 大きく息を吸い込むと、グライツはリエイアに手を伸ばす。咳で作った隙はフェイクであったようだ。

 だが、リエイアのほうが一枚上手のようであった。グライツがリエイアに触れたとたんに、グライツが短くうめき声を上げる。

「ど〜したのかな〜?」 

 リエイアの体を覆う、極低温の氷魔法の鎧、リエイアお得意の魔法である。

 ついこの前に十二才の誕生日を迎えたにしては、異質すぎる才能であった。

「(やはりリエイアは……)」

 グライツの胸倉が掴まれる。

「(本物の)」

 そのまま全体重をかけて斜め下にひっぱられ、グライツのバランスが前のめりに崩れた。

「(天才か……)」

 リエイアがそのまま回転してグライツの背に乗っかり、首に細い腕を絡ませた。リエイアをのせたグライツがうつぶせのまま、受け身をとることもできずに地面に倒れこむ。

「ギブアップです、リエイア!」

 首を容赦なくギリギリと締め付けられ、グライツはギブアップを宣言する。

「いよっしゃ〜! 初勝利ぃ〜!!」

 グライツの背に馬乗りになったまま、大きくリエイアはガッツポーズをする。

 柔らかい草のうえに倒れたまま、グライツも満足そうな笑みを浮かべていた。


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