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3-4

 サーベルト王国は学校が大規模である。

 魔導研究機関の質はラ・ケファウス共和国ほどではないとはいえ、世界一、二を争うほどの高水準である。

 そんな研究機関の一つである魔法学校の教室には、しぃんと静まり返った生徒達が教師の話を聞いていた。

 激しい雨が窓を叩いている

 教壇に立つのは異様な雰囲気の男だ。

 炭のように黒い髪を持った男である。

 浅黒い肌が頬の骨にそのまま張り付いているようにこけた頬だ。

 黒淵のメガネの奥には黒く細い瞳がぎらぎらと光っている。

 まとっているのは黒の服だ。

 黒ずくめの男であった。

 ただ、男が放つオーラは決して危険なものではなく、むしろ穏やかな夏の夜空のような澄み切ったものであった。

 男の名は、エドガー・キューという。

 異様な外見とは裏腹に、生徒達からの信頼は厚い。

 学校最高クラスの魔法教師だからである。

 しかも、それを鼻にかけたりせずに粛々と授業を行い、一切の無駄を見せないのだ。

「ではこれから、試験を行います。名前を呼ばれたら返事をして前に出てきなさい。それから指示通りの魔法を行うこと。質問は?」

 しぃんと教室は静まり返っている。

 この世からすべて音が消えてしまったようだ。

 雨音さえもかすむような静寂が訪れる。

「でははじめます。土属性、アテナ・ルンクィーク」

 エドガー教授がしゃべったとたん、雷が鳴った。

「はい!」

 弾かれたようにアテナが立ち上がり、杖を片手にエドガー教授の眼の前まで歩く。

 緊張しているようだ。

「まずはレベル一、触媒の精製」

「はい!」

 エドガー教授がアテナから少し離れる。

 アテナが目を閉じて二言三言詠唱を行う。

 杖を振ると先端から灰色の粘土が現れ、アテナの眼の前にふわふわと浮かぶ。

「レベル二、球の精製」

「はい!」

 アテナが粘土に手をかざすと、粘土がくるくると回りだし、半径三センチほどの真球を作り出した。

「よろしい、合格です」

 少しだけ口元が吊りあがっただけの笑みをエドガー教授が浮かべる。

「っっしゃぁぁー!」

 思わずアテナはガッツポーズをする。

 いままで成績的にはギリギリだったのだ。

 教室から拍手と歓声が飛び交う。

「げえっ! おてんばアテナが成功しやがった!」

「なんかの間違いじゃないのか!?」

 クラスの男子が口々に叫びだす。

 そんなクラスの様子にも動じず、エドガー教授は次の名前を読みあげた。

「火属性、ビーカ・リッチ」

「うぇぇぇっ! はい!」

 先ほど騒いでいた男子生徒だ。

 杖を持ち教師の前まで歩む。

「レベル一、精製」

 教師がそう指示し、ベクターが杖を降った瞬間、周囲に閃光がほとばしった。

 反射的にクラスメートは身をかがめ、机の下に退避する。

 それと同時にドーンという爆音が教室中に響き、窓ガラスが粉々に粉砕された。

 雨が容赦なく教室内に入り込む。

 エドガー教授は魔法障壁を爆風にぶち抜かれ、壁にしこたま身体を打ち付けていた。

 黒ずくめの全身に雨が打ち付けられる。

「……不合格」

 まったく気にする様子も無く、エドガー教授は立ち上がり杖を窓に向けた。

 とたんに破片が元あった場所にはめ込まれてゆく。

 続いて自らに杖を向けると水がまるではがれるように宙に浮き、外に放出されてゆく。

 エドガー・"プロフェッサー"・キューの名は伊達ではない。

 しょんぼりとベクター少年は席に戻っていった。途中さまざまな魔法の暴発、失敗を繰り返しながら順番はリエイアまで回ってきた。

「氷属性、リエイア・シューリエー」

「はい!」

 勢い良く立ち上がり、小走りで教師の前まで駆ける。

 並大抵の魔法なら失敗しない自信があるからだ。

「レベル一、精製」

 やや警戒しているのか、教師は杖の先端から障壁を作っている。

 そんな教師を尻目に、リエイアは詠唱をせずに杖から冷気を展開した。

 教室の温度が急激に数度下がる。

「さぶっ! なにこれ!?」

「リエイアすごーい!」

 クラス中からそんな言葉が聞こえる。

「と〜ぜんよ! 休日半分使って自主練習したんだから!」

 満足そうにリエイアが次の指示をまつ。

「すばらしい。合格」

 エドガー教授が笑みを浮かべる。

 口元を吊り上げるだけだ。

 クラス中がどよめきにつつまれた。

「静粛に。皆さんも見たでしょう、この少女の魔法の精度とキレ。その上、詠唱無しです。文句の付けようがない」

 静かな声だが、反論できるものはいない。

 無詠唱魔法はこの学校の生徒の憧れそのものだからだ。

 ふふんと鼻をならし、無い胸を張りながら自分の席へと戻った。

 隣にはシエラが腰掛けている。

「火属性、シエラ・サーミッド」

 平坦な調子でエドガー教授が言う。

「はい」

 シエラが立ち上がり、前に歩きだす。

「レベル一、精製」

「はい」

 シエラが詠唱をしながら杖を振ると、目の前に青い炎の球が浮かぶ。

 まるで人魂のようだ。

「レベル二、火力アップ」

「はい」

 シエラが炎の球に視線と掌を向ける。

 徐々に球が大きくなってゆく。

 はじめは親指程の大きさだったものが、掌ほどの大きさになろうとしている。

 ぴいんと一本の糸がはられているように、集中が途切れない。

「合格。素晴らしい」

 エドガー教授が手をたたいた。

 こういう類のものはおおきくなるにつれて制御が難しくなる。

 実体のある土や氷、水よりも火ははるかに安定させにくいのだ。

 その上、湿度や温度に左右されやすい。

 雨天で、さらにシエラの前の生徒が冷気を展開していてもこの精度なのだ。

「ありがとうございます!」

 笑みを浮かべながら、シエラは席に戻った。


――――


 授業終了の鐘が鳴り響く。

 エドガー教授が終了を宣言すると、また雷が鳴った。

「いやー、なんとか助かった感じだねー」

 立ち上がったアテナがリエイアとシエラの席に近寄る。

「アテナっち今までギリギリだったしね〜」

「でも、今回は完璧にできてたよね」

 教科書を抱え、リエイア達が教室に向かう。

「しっかしリエイアずるいよなー。おにーさんと休日個人レッスンかぁ」

 アテナの言葉に、リエイアはたじろいだ。

 テストの事で頭が一杯で、すっかりグライツの事は忘れていたのだ。

「ん? いや、本当にボク一人でやったよ。まぁ、今まで何回か練習してくれたことはあったけどね。それよりさ! テストも終わったんだから今度皆でどっかいかない?」

 さりげなく話題を変えながらリエイアが言う。

「あ、ちょうど私も思ってたとこ。アテナはどう?」

「あたしは良いよ。どうせ家にいてもマンガ読むくらいしかやることないしねー」

 アテナは口調や服装こそ男っぽいが、マンガは少女漫画を読んでいる。さらに、部屋にはかわいいぬいぐるみと以外と乙女っぽいところがあるのだ。

「よっし! そんじゃ今週末は一日遊びますか〜!」

 わずかに瞳の中に迷いを残したまま、リエイアはそう叫んだ。


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