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3-2

 リエイアが自室に閉じこもって寝息を立てている頃、グライツは昼食の準備をしていた。

 練習を終えたあとのリエイアの元気が無かったので、栄養と刺激のあるもの、つまり、カレーをつくっているのだが、心の奥底にしこりのようにもやもやとした不快感が残っているのだ。

「(なんだこの感じは……)」

 最近、気が付くとリエイアを目で追っている。

 心に一抹の想いがよぎる。

 それだけは、なんとしても避けなくてはならないのだ。

 グライツとしての自分は、作り物にすぎない。

 丁寧に丁寧に、薄氷を踏みしめるようにして作り上げたものに過ぎないのだ。

 衝動のままにリエイアに想いを告げることは、互いの距離をバラバラにしてしまう。

 ウォルフガングとしても、グライツとしても、リエイアにとっても救われないことなのだ。

「(バカなことを考えるな、ウォルフガング。互いの幸せのためには……否、リエイアの幸せのためには――)」

 不意に、焦げた臭いが漂ってくる。

 鍋の中のものはもうすっかりカレー色だ。

「へ……う、うわっ!?」

 我ながらなんとも情けない声が出たものだと思う。

 ウォルフガング・シャンツェとしてなら絶対に出さないような声だ。

「(俺はどうすれば良い? )」

 焦げを取りのぞきながら考える。

「(俺にとって、リエイアは何だろう? )」

 焦がさないように注意しながら、思考する。

「(相棒……友達……恋人……家族……)」

 思考を一旦中止し、味見してみる。

 男は脳の構造上、二つのことは両立できない、と何かの本で読んだ気がする。

 カレーの味は、リエイアに合わせた甘口だ。

 アクシデントはあったが、我ながら上手に復元したものだと思う。

 火と考えを止め、リエイアを呼びにいく。

 階段を上り、自室の隣の扉をノックする。

「リエイア、ご飯ですよ?」

 反応が無い。

「リエイア? 入りますよ?」

 扉を開け部屋に入ると、リエイアはベッドに横になっていた。

 そむけている背中が規則正しく動いている。

 床には子猫のイリヤが丸まっていたが、グライツが入ると一声鳴いた。

 どうもイリヤはコーヒーが苦手らしい。

 初めて会った日はえらく嫌われてしまった。

 きれいに手入れのされた真っ白の毛を撫でると、満足そうにゴロゴロと喉をならす。

「幸せそうだな、お前は」

 思わずほほえんでしまう。

「なあイリヤ、俺はどうすれば良い? どうすれば、皆が幸せになれる?」

 イリヤはグライツの顔をじぃっと見つめたあと、グライツの横を通って部屋の外へと出て行ってしまう。

 チリン、と首輪に付けた鈴がなる。

「気まぐれだなぁお前も。今は夢の中のお姫様……俺が焦がれる眠り姫のようだ」 

 苦笑いを浮かべながらグライツは頭を左右にゆっくりと振る。

 後ろ手にゆっくりとドアを閉め、イリヤを追いかけていく。

「イリヤ、待て。待て、イリヤ」

 食堂まで歩くと、ぴたっととまる。

 彼女の指定席、リエイアの椅子の隣まで移動すると、その場に寝転んだ。

「本当に気まぐれだなぁ、イリヤは」

 こんなに穏やかな笑みを浮かべたのは何年ぶりだろうか。

 もしかしたら、あの日以来なかったかもしれない。

 故郷が燃やされて、自分が知っている人間が元の姿もわからないような殺され方をされて……。

 温度。

 痛み。

 怒り。

 無力感。

 狂った笑い。

 絶望。

「っは……!」

 ダメだ!

 思い出すな! ウォルフガング!!

 今はダメだ!

「ぐ……ぅっ!!」

 立っていられない。

 倒れこむようにして流しまで走る。

 反吐が出そうになる。

 先日のアルクの火炎放射は効いた。

 反射的に唇を触ってしまう。

 人間が気化した脂の感覚を求めるが、唇は乾いてパサパサだ。

 カチカチと歯が音を立てている。

「はは……は……刻み込まれてる。たった一回なのに」

 崩れるように椅子に座りこみ、ぺろりと乾燥した唇を舐める。

 イリヤが軽々と跳び、膝の上に乗ってきた。

「あぁ、ありがとう、イリヤ」

 ぬくもりが恋しい。

 イリヤの白い毛をなでてやりながら背もたれにもたれ、天井を見上げると、階段から足音が響いてきた。

「今準備します。少々お待ちを」

 何とか最悪の気分を隠しながら足音の方向を向くと、愛しの眠り姫が階段を降りているところだった。


――――


「リエイア、ご飯ですよ?」

 今はいいよ、後で食べるから。

「リエイア? 入りますよ?」

 今は顔をあわせたくないの。

 がちゃり。

 扉が開いたみたい。

 寝たふりをしてみる。

 後ろでイリヤがみゃぁ、って鳴いてる。

 ご飯食べたらぎゅ〜ってしてあげるからね。

「幸せそうだな、お前は」

 どきりとする。

 珍しいね、グライツ。

 そんな話し方なんて。

「なあイリヤ、俺はどうすれば良い? どうすれば、皆が幸せになれる?」

 え?

 何?

 どういうこと?

 グライツは、ボクといることが不満なの?

 イリヤの首輪に付いた鈴の音が遠ざかってゆく。

 グライツの乾いた笑いが聞こえる。

「気まぐれだなぁお前も。今は夢の中のお姫様……俺が焦がれる眠り姫のようだ」 

 "おれがこがれるねむりひめ"?

 グライツらしくないよ、そんな言葉。

 がちゃり。

 あ、ドアしめたんだ。

 とりあえず起きよう。

「俺が焦がれる眠り姫……」

 心臓……すごい、バクバクいってる。

 うわ! 顔すごい熱い!

「ボクが焦がれる……」

 だめ! だめ!!

 変になりそう。

 どうしよう……。

「俺が、焦がれる?」

 え?

 じゃあ……。

 グライツ、も?

 嘘……。

「っ……」

 とりあえず、降りよう。

 落ち着かないと。

 ぱたぱたぱたぱた。

 あれ?

 グライツ、どうしたの?

 具合でも悪いの?

 顔、いつにもまして青白いよ?


――――


「グライツ、具合でも悪いの?」

 震える声でリエイアが尋ねる。

「いえ、少しめまいが。柄にも無く魔力を使いすぎたせいでしょうかね」

 はは……という乾いた笑いが響く。

「っと、リエイア、貴女は大丈夫で? ずいぶん元気が無いように見えましたが」

 今度はリエイアが笑みを浮かべた。

「良く見てるね〜。ボクも魔力の使いすぎかな〜」

 リエイアはいつもの笑みを浮かべるが、どこかその笑顔が曇っている。

「やはり今日はゆっくりと休んだほうがよろしいようですね。今日一日、これからはゆっくりと休む事にしましょう」

「ん、そだね」

 それぞれ胸の中にしこりを残したまま、一日は終わってゆく。

 やっと太陽が真上まで昇ったときであった。c



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