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3-1

 郊外の巨大な邸宅に、二人の少女がおもむいていた。

 一人は、長い茶色の髪を左右に束ねている少女。

 もう一人は、肩ほどまでのセミロングの金髪の少女だ。

「ここ……だよね?」

「そのはずだけど……」

 眼の前のあまりにも大きく立派な邸宅に、少女達は戸惑う。

「リエイアっち、こんな豪邸に住んでるのかー……しかもあんなにカッコいいおにーさんと一つ屋根の下とか……」

 うらやましげに茶髪の少女が言う。

 そこはかとなく御幣がある。

「とりあえず、ノック……ベルかな?」

 軽くスルーしながら、金髪の少女が扉の横に据えられた魔導ベルを押す。

 扉から現れたのはリエイアではなく、紺のジーンズと黒いシャツを着たグライツであった。

 その姿に、茶髪の少女の目がぴかーんと輝いた。

 マンガであれば目の中にいくつか星が出ているだろう。

「おはようございます! リエイアのおにーさん! 私、アテナ・ルンクィークと言うものでして!」 

 茶髪の少女、アテナが言うと、グライツは戸惑ったような笑みを浮かべた。

「あぁ、自己紹介ありがとうございます。リエイアなら――」

「グライツ〜! ボクが行くっていったでしょ〜!?」

 グライツが応答していると、ぱたぱたと階段を降りる足音が聞こえる。

 リエイアは白いシャツに青いハーフパンツ姿だ。

 グライツはやれやれといった表情を浮かべる。

 アテナはすっかりグライツにお熱のようだ。

 そんなアテナとグライツの間に入り込んだリエイアは、アテナに肩を組む。

「んじゃ、いこっか」

 ウサギぬいぐるみのようなバッグを手に持ち、リエイアが言う。

 グライツは階段を上っている。

「それじゃあおにーさん、いってまいりますので!」

 全身を使ってアテナが手を振る。

「は? あぁ、お気をつけて」

 グライツでさえも予想の斜め上を行く言動をアテナが放っている。

 ある意味すばらしい逸材なのかもしれない。

 それにあきれたように金髪の少女、シエラがため息を付く。

 リエイアが扉を閉め、アテナに満面の笑みを浮かべた。

「お熱だねぇ〜アテナっち〜?」

 リエイアの口元が引きつっている。

「いやー、イケメンだもーん。お姉さんびっくりしちゃったー」

 リエイアを振りほどき、両手を頭の後ろで組みながらアテナが言う。

「あれ、アテナってまだ十一歳じゃ――」

「うっさい! 誕生日はもうすぐ来るの!」

 シエラが顎に人差し指を当てながらそう言うと、アテナがかみつかんばかりの勢いで言う。

「お〜い、アテナっち〜、このへんでいいんじゃな〜い?」

 リエイアがあきれたように言う。

 三人は休み明けに待ちうける実践魔法テストの練習に来たのだ。

 グライツの家からほんの十数メートルほどはなれた場所だが、みごとに何もない。

「おー、そうだね。ここらでやっときますかー」

 アテナとリエイアがカバンから教科書とノートを取り出す。

 教科書にはそれぞれ、初等土魔法教本、初等氷魔法教本と書かれている。

 それに対して、シエラが取り出したのは分厚い本だ。

 魔導基礎という重々しい題名が刻印されたそれはそのまま武器にでも成りそうな代物だ。

「うげっ! シエラっちそれ絶対棚の上の方にあったでしょ?」

「というかおにーさんのやつじゃない、それ?」

「ん、コレは図書館から借りたの。それでこっちがおにぃちゃんから借りた奴」

 シエラがバッグからもう一冊、今度は火属性大全という分厚い本を取り出した。

 リエイアとアテナの顔が引きつる。

「どうしたの? はじめよう?」

 ぱらぱらとページをめくりながら、シエラが言う。

 浮遊の魔法を使い空間に本を浮かべ、魔力増幅用の魔法杖を持ち、詠唱を行う。

 シエラの杖から炎の球が飛び出した。

「おおーっ! すっげー!」

「シエラっち実は勉強したでしょ?!」

 アテナとリエイアも空間に本を浮かべ、詠唱を行う。

 リエイアの杖からは冷気が出るが、アテナのほうは全く反応がない。

「むぐぐぐぐぐ……!」

 アテナがプルプルと震え、教科書を見つめる

「どこが違うのよ?! 今回は詠唱も魔力展開もできてるはずでしょーが!」

 地団駄を踏みながらアテナがノートを開き、宙に浮かべる。

「……アテナ、杖逆だよ?」

 スルースキルを持つ少女、シエラもたまらず突っ込む。

 本来面積を少なくする事で魔力を圧縮し、魔法を発させるのが杖の役割なのだ。

 面積の少ない場所から広いところに魔力を注いでも拡散するだけだから当然初等レベルで発動できるものではない。

 もっとも、世界にはこの方法で薄い魔力を空気中に放出し、広範囲に魔力展開をする方法もあるのだが……。

「あ、そうだ。グライツも土魔法使うから先生になるかもね」

 思いついたようにリエイアが言う。

 実際、グライツの魔法使いとしての腕は一流であるのだ。

「マジで!? ちょっと呼んで来てくんない!? それとも私一人でイっていい!?」

 エレクトしたアテナの杖先から、パチパチと魔力の火花が散っている。

 あぁ、もうだめかも、この子……なんて事を思いながら、リエイアはダッシュでグライツを呼びに行ったのだ。


――――


 数分後、グライツが駆けつけ、滞りなく魔法の授業は進んでいた。

 手とり足とり指導してもらい、アテナの魔法は目に見えて上達していた。

「短い時間でこうも変わるものですか……すばらしい才能ですね」

「いえいえー、おにーさんの教え方が上手だからですよー」

 パチパチと杖の先から火花が散っている。

 リエイアは面白くなさそうに教科書を眺めていた。

「そうだ、おにーさん、この魔法見せてくれませんか? 人形生成(ドール)の魔法」

 アテナが教科書をグライツに見せながら頼み込む。

「どれ……あぁ、かまいませんよ。生成魔法(クリエイト)の応用ですし、得意な魔法ですから」

 グライツが三人から少し離れる。

「詠唱付きの方がよろしいですかね?」

 杖も持たず、自然体でグライツがたずねる。

 アテナが信じられないという目で見つめた。

「む、無詠唱でできるんですか!?」

「えぇ、よっぽど高位でない限りは、一通り」

 さらりとグライツはそう言ってのけるが、離れて聞いていたシエラも目を見開く。

 杖などの増幅媒体なしでの無詠唱魔法など、初等魔術師にとっては雲の上の世界だからだ。

「詠唱付きでやりましょうか。教えやすいですし」

 詠唱の一片を思い出しながら、グライツがつぶやく。

 地面が盛り上がり、アテナそっくりの人形が出現した。

「うっひゃー! すっごいー!」

 心から感動したようにアテナが叫ぶ。

 シエラも嘆息を漏らしていた。

 ただ一人、リエイアだけが面白くなさそうな顔を浮かべていた。


――――


 日も最高に近づいた頃、アテナの魔力切れにより終了が宣言された。

 三時間ほどの勉強会であった。

 リエイアは仏頂面のまま自室にこもり、手近なぬいぐるみを抱きしめる。

 胸の奥がちくちくと痛んだ。

「(なんだよ、グライツ。アテナっちとベタベタしちゃってさ)」

 いつもならばこぼれるはずもない思いがこみ上げてくる。

「(グライツなんか……グライツなんか……)」

 言えない。

 思えない。

 たった四文字の言葉がつむげない。

 先日のあの予想がこみ上げてくる

「(好き……?)」

 胸のぬいぐるみをぎゅうっと抱き締める。

 涙があふれてきた。

「(苦しいよ……)」

 目を瞑ると、苦しさにまじってまどろみが襲い掛かってきた。

 あらがいもせず、リエイアは眠りへと落ちていった。

 胸のなかの想いが、夢であることを願って。

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