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2-7

 グライツがコレットに説明するために部屋に入った直後、孤児院の入り口が開かれた。

 十人ほどの男が、挨拶もなしに上がり込んできたのだ。

「何か用事かね?」

 すぅっ、とティンクの目が細くなった瞬間にミハエルが言う。

 十人全員が凍てついた目をしている。

「貴様の事は良く知っているぞ、ミハエル・ハイメロート」

「上からの命令でな、お前たちに逮捕状が出ている」

 その言葉に、ミハエルは笑みを浮かべる。

「嘘、だな」

「あぁ。下手な嘘だ」

 ミハエルとエヴァが言う。

 どきり、と男たちの顔が強ばった。

「あいにく、政府や警察には軍人時代からの太いパイプがある。それに、奴らにしても私たちを必要として――」

 ミハエルが説明している最中に、突然ミハエルが顔面を殴られた。

 車椅子から投げ出され、ミハエルが床に転がる。

 口内を切ったのか、血を流している。

「厄介だな……! 貴様は!」

 ミハエルを殴った男が掌を広げると、それに続いて男たちも掌を広げ、ミハエルとエヴァに向けた。

「死んでもらう」

 男の冷たい声であった。

 だが、ミハエルは笑っていた。

 いつもからは想像できない、蛇のようにひどく邪悪な笑みであった。

「エヴァ、すまないが――」

「あぁ。わかった。この場合はしょうがないな」

 まるで男たちを気にする様子もなく、エヴァは背を向けて、気品さえ兼ね備えてミハエルの後ろへと下がった。

「撃てぇッ!!」

 男が叫んだと同時に、部屋に雷鳴がとどろいた。

 目を焼くようなまばゆい光が炸裂する。

 熱せられ、膨張した空気が窓ガラスを割った。

 男たちが倒れていた。

 エヴァが倒れていた。

 ミハエルが倒れていた。

 男たちは細かく痙攣を起こし、エヴァは頭を抑えながら立ち上がる。

 ミハエルもエヴァの手を借りて立ち上がる。

「エレクトリック・カフェへようこそ。ご注文は?」

「相変わらず凄まじい魔法だな、お前のは」

 正体はミハエルの魔法であった。

 自らの身体から電流を放出し、見境なく周囲をなぎ払うのが通常の雷魔法だ。

 だが、ミハエルのそれは正確に眼の前の男達を狙い打った。

 ほんの三十センチほどのところにある冷蔵庫も、観葉植物にも傷ひとつとして無い。

「生きているのか?」

 エヴァがミハエルを持ち上げ、車椅子に座らせる。

「電流の焦げ痕がどうかによるが……ああ、ダメだ。四人は確実に死んでいる。頭頂部、コメカミ、眼球、口から……抜けているのは多分足だろうが、脳と心臓は破壊したな。それと、生存が残りかな。まあ、障害は残るだろうがね」

 キイキイとフレームをきしませ、ミハエルが男たちに近寄り、検死を始める。

「どうする、こいつら」

「そうだな。生かしておいても得にはならんだろうが、とびっきりの大物を釣るための餌には成りそうだ」

 くくく、とエヴァが喉を鳴らす。

 ちらりと見える犬歯が光を返す。

「これが組織的な攻撃ならば、しばらくは続くな」

「コレットに伝達だ。あいつの戦い方を、シャンツェを追い詰めたやりかたを見てみたい」

 エヴァが言うと、コレットと双子の部屋の扉が開かれる。

「卿! 公! ご無事で!?」

「雷でも落ちたんですか? 部屋の中に?」

 グライツとコレットがあたりを見渡す。

「悪魔さま!?」

「世界さま!?」

 双子が二人に近寄り、床に目を遣る。

 まだ男たちは床に倒れたままだ。

 双子の視線に気づくと、ミハエルは軽く手を打つ。

 そのとたんに男達が消え去った。

「さて、ご覧の通り敵襲だ。忙しくなるぞ」

 ミハエルの言葉に、双子が笑う。

「ミハエルとコレットと私はここの防衛を行う。シャンツェとアルク、エテルは周囲の巡回だ。ヤバいと思ったらすぐに帰ってこい」

「了解」

「「仰せのままに」」

 双子は笑顔を浮かべながら外に出て行くが、グライツは自らの机の引き出しを開けている。

 数秒後、グライツの手には無骨なショットガンが握られていた。

 グライツはそれを装束の中にしまいながら外に出て行った。

「さて、コレット、これからは命を掛けた戦いになる。覚悟はいいか?」

「はい、もちろんです」

 コレットがグライツの机に座り、そう答える。

「まぁ、私とミハエルがいるから、たいていの事が無い限りは平気だと思うがな」

 そう言うとエヴァは冷蔵庫から二本の酒の瓶と缶のジュースを取り出した。

 一本は自らが持ち、もう一本はミハエルへと渡す。

 缶ジュースはコレットにだ。

「少しばかり酒臭いが、我慢してくれ。久しぶりに魔力を使いすぎた。魔力を短時間で補充するにはコレに限る」

 自前のブランデーグラスに褐色の液体を注ぎながら、ミハエルは笑った。


――――


「さぁて……厄介な事になったな」

 グライツが冷や汗を流している。

「えぇ」

「少々、分が悪いですわね」

 双子も汗を流している。

 三人を取り囲むように何十もの人間が集まっていた。

 中心街とはいっても、一箇所にこれほどの人間が集まると言うことはそうない。

 大勢の集団は完全に三人を包囲しながら、街の外へと向かっている。

 注目を浴びてはいるが、街中でゴタゴタを起こさないだけまだ理性的といえる。

 だが、おそらく、人気がなくなり次第すぐに処刑が始まるだろう。

「運が悪かったな、お前たちは」

 グライツの背中に鋭いナイフを押し当てている男が言う。

「ああ、全くだ」

「痛くしないようには気を付けるわ」

 アルクとエテルに、彼らの獲物を押し当てている男女が言う。

 集団の真ん中で、二人の前を歩くグライツはちらりと後ろを振り向き、二人に目を合わせる。

「余所見してンじゃねェよ」

 ぐいっ、とグライツに押し当てられるナイフが深くなる。

 そして、荒地へとついた。


――――


 グライツの背が跳ねた。

 男の持っているナイフが背に突き刺さったのだ。

 まるでためらいが無い。

 後ろのアルクとエテルは目を見開いた。それと同時に、三人を囲んでいた人物達が一斉に襲い掛かってくる。

 何とか魔法を展開させ、双子はグライツをも範囲に入れた最低限の盾を作り出す。

 衝撃と魔法は防いでいるが、グライツに突き刺さったナイフは既にどうしようもない。

 だが、グライツ、いや、シャンツェは死神である。

 ナイフが深々と突き刺さったまま、後ろ手に男の手首をつかみ、ひねる。

 ナイフを刺した男が前のめりに倒れこんだ。右腕だけが高く掲げられている。

「な!?」

 そのまま関節を極め、男の身体をさらに下げさせた。

「ふんッ!」

 下がった頭に向けて、グライツが全体重と砂の鎧の重さをかけた踵での踏み付けを行う。

 おおよそ聞いた事が無いような音と共に、男の頭が爆ぜた。

 グライツの装束に脳と脳漿が飛び散る。

 まるでスイカ割りのようだ。

 刺さったナイフを引き抜き、グライツは土で傷口を覆い、簡易の止血を行う。

 四十人ほどの男女がすでにグライツたちを射程に入れている。

 グライツの近くにさまざまな魔法が展開され、グライツの身体が傷ついてゆく。

 炎の球が一発当たった瞬間、グライツの装束が爆ぜた。

 グライツのショットガンの薬きょうが融解し、火薬に引火したのだ。

 周囲に細かい鉄の球が放出され、近くにいたものを無差別に殺傷する。

 双子は何とか魔力盾でガードしているが、長くはもたなそうだ。

「が……ッ!」

 グライツも甚大な被害をこうむっている。

 本来ならば即死でもおかしくないのだが、グライツが常々まとっている高硬度の砂の鎧により、皮一枚のところで何百発もの12ゲージの細かい鉛玉がとまっているのだ。

 グライツは自らの頬の肉を思いっきり噛み千切り、痛みで意識を保つ。

 爆発の隙を付き、全霊の力を込めて、足元の脳と骨の混ざったものを脚ですくい、前方にバラまいた。

 一瞬だけ空気が止まる。

 パラパラとグライツの装束から砂と細かい鉛の玉がこぼれる。

 短い悲鳴が聞こえた瞬間、グライツの身体が水の膜に包まれる。

 それとほぼ同時に、周囲に業火の幕が降りた。

 肉の焦げる匂いが周囲に満ちる。

 三人の周囲には灰よりも細かくなった人間の亡骸があった。

「あぁ、兄さま」

「えぇ、姉さま」

 恍惚とした表情で双子は周囲を見渡す。

 にっこりと微笑みながら、人間が気化した匂いを肺いっぱいに吸い込んでいる。

 生き残ったものも妖怪変化の有様であった。

 周囲の惨状を目にして、嘔吐や失禁しているものさえいた。

「……御綾威の王よ、彼らをお救いください!」

 グライツでさえ、目をそむけた。

「アルク、葬ってやれ、苦しませるな!」

 目を閉じて口元を押さえながら、叫ぶようにグライツが言う。

「仰せのままに」

 再び炎の幕が降り、周囲には灰すらもなくなった。

 ただ、三人が立っているだけだ。

 すっかり水の膜は蒸発してしまった。

「うえっ……! ぐっ……!!」

 グライツが倒れこんだ。

 口から反吐を吐き散らしている。

 あわてたようにエテルが両手を広げる。

 どこからとも無く水が噴出し、周囲を洗い流した。

 匂いも、死骸も、すべてが消えた。

 残っているのは、焼け焦げのあるぬかるんだ地面だけだ。

「すまんな……この臭いは……この臭いだけはだめだ……! だめなんだ……!」

 アルクがグライツの背をさすり、肩を貸して立たせる。

「申し訳ありません。ですが、この状況では――」

「責めてはいないさ……」

 優しくアルクを解き、グライツが歩き出す。

 雨の後のようにぬかるんだ地面を歩きながら、グライツは孤児院へ、シャンツェの家へと向かっていった。


――――


 同時刻、孤児院も大規模な攻撃にさらされていた。

 入口の扉を蹴破り、何人もの人間が孤児院の事務室へと押しかける。

 だが、半球の空間までたどり着いた人間は、叫び声をあげながら地面に倒れこんだ。

 いわゆる"面接室"で防御の体制をとっていたのは、エヴァとコレットの二人である。

 二人の周囲は、床がまるで沼のようにぬかるみ、それに触れた人間は酸を浴びたように体が焼けただれている。

 粘度の高い沼なのか、もがけばもがくほど体が沈みこんでいる。

「期待はずれだ。出なおしてこい」

 呆れたようにエヴァが言うと、一人の男が空中を飛んで二人の元へと寄る

「ヒャッハァァ!! イタダキぃ!!」

 大量の魔力が男の腕に集中するが、コレットが右手をつきだすと男が吹き飛び、壁にめり込んだ。

「っへへ。甘い甘い!」

 グライツに放った、横方向の風の大砲を至近距離で男に炸裂させたのだ。

「おお、頼もしいな」

「いえいえ。まだまだお姉さんにはかないませんよ」

 二人はふっと笑みを浮かべる。

「くそ! ここじゃ狭い! 一旦体制を立て直すぞ!!」

 一人がそう叫び、入口の扉を開けた瞬間、男の体が粉々に砕け散った。

 なだれ込むように扉に向かっていた男たちは止まろうとするが間に合わず、塵よりも細かく分解されていった。

「ミハエルめ。楽しんでいるな」

 エヴァがほほ笑みながら指を鳴らすと、沼が消え去り元の床を現した。

 死体はすっかり消失していた。


――――


「また派手に傷ついたものですわね」

 休憩室でグライツの手当てをしているエテルがあきれたようにいう。

 胴体の前面のほぼすべてに細かい鉛球が食い込んだ痕が残っている。

 今回の負傷はさすがにこたえたのか、グライツは目を閉じている。

「口は痛みまして?」

「いや、大丈夫だ。おかげですっかり回復した……ぃてて、早く胴体の傷をふさいでくれ。呼吸するのもつらいんだ」

 懇願にも似た響きでグライツがいう。

 エテルの身体が淡く輝いた。

「グライツ君は平気かね? ずいぶん具合が悪そうだったが」

 事務室で報告を受けたミハエルがアルクにたずねる。

「受けた傷は一箇所だけだったんですけど、銃の弾が爆発したんです」

 その言葉に、ミハエルの顔が青ざめた。

 車椅子でグライツの机まで行き、引き出しから銃弾を取り出す。

「12ゲージだったのが幸いだな。4ゲージならば確実に胴体は吹き飛んでいた」

 ため息を付きながらミハエルが言う。

 彼も軍人時代にいろいろと経験したのだろう。

「ですが、死神は生き延びました」

「あぁ、グライツ君は本当に運がいい。まるで地獄に嫌われているようだ」

 その言葉に、ミハエルは一人笑みを浮かべる。

「死神は死なないというのは、本当かもしれんな」


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