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2-6

 バイクの調子が悪い。

 バイク自体はシェズナが誇る魔導工学の結晶だ。

 エネルギー源である自身の気持ちに迷いがあるせいか、音がいつもより少しだけ低い。

 軽くため息を吐き、グライツは家に戻る。

 これから孤児院の死神、ウォルフガング・シャンツェになるのだ。

 バイクをガレージに停め、シャッターを閉じる。

 シャッターの裏側で、ほのかに魔方陣が光を放っている。

 グライツは魔法陣に手をかざし、魔力を注ぎ込んだ。

 シャッターにぽっかりと黒い穴が開く。

 グライツはためらいもせずにそこに足を踏み入れる。

 一歩踏み出すと、そこはもう孤児院であった。

「おはようございます」

「あぁ、おはよう」

「早いな、シャンツェ」

 ミハエルとエヴァがそう答える。

 チェスの真っ最中で、今回はミハエルが苦い顔を浮かべている。

 二人はいつもどおりにチェスを楽しんでいるが、グライツは落ち着かないようにきょろきょろとしている。

「どうした、シャンツェ。落ち着きの無い」

 エヴァが黒の駒でミハエルの駒を弾く。

「いえ……部屋を拡張したので?」

 孤児院の事務室はたった一日の間で元の倍ほど広い部屋になっていた。

 入り口の回転扉は普通の木の扉に変えられ、部屋だけを見れば普通の事務室だ。

「あぁ、暇だったし人数も増えたからな。昨日やっておいた」

 さらっとエヴァそう言ってのける。

 たしかに、樹と土の属性を使いこなす老練の吸血鬼であれば不可能では無いだろう。

 グライツが部屋の四方を見渡す。

 四隅の観葉植物、中央の机は変わっていないが、扉がひとつの面に三つずつ付いている。

 普通の構造なら間違いなく狭い部屋が出来上がるだろう。

 だが、今度はミハエルの魔法の力である。

 別々の空間に部屋を転々と存在させ、接着しているのだ。

 しかも、限りなく違和感を感じないように。

「ネームプレートでもないと……コレットはわからないのでは?」

「あぁ、私もそう思う。刻印でもいいから付けろと言ったんだがなぁ」

「器用な事は私に頼むな。シャンツェ、各部屋に刻印を頼む」

 二人はチェスをしながらそう言う。

 グライツはマントを自分の椅子に掛け、ドアを一つ一つ回っていった。


――――

 

 バタン、と最後の一部屋のドアを閉じ、グライツは息を吐いた。

 孤児院で長年過ごしている彼にも、新しい仕掛けがいくつか出来上がっていた。

 階段が二部屋に、個室が七つ、入り口が一つに、休憩室が一つ、それに、食堂が一つ。

 しめて十二部屋の中央に位置する事務室では、まだチェスの真っ最中である。

「あの……階段はなんのために?」

 グライツが椅子に座り、そうたずねる。

「あぁ、暇だし拡張するのに便利だから作っただけだ。別のフロアはミハエルの本とかを適当に突っ込む用の部屋だな」

 チェス盤の上では熱い勝負が続いている。

「さ、左様で」

 さすがのグライツもあきれているようだ。

 何しろミハエルの蔵書の量は半端ではない。

 国営図書館の最大級の棚を五つほど借りなければとても収蔵できないような膨大な量なのだ。

 やるのならば早めにとちらりと時計を見ると、すでに寝ているような時間ではない。

「双子は良いとして、コレットは起こしますか?」

「そうだな、孤児院のやり方を説明してやってくれ。それと、ルールもな。チェック」

「う……む……」

 ミハエルが苦笑いを浮かべている。

「仰せのままに」

 グライツは手早く冷蔵庫からリンゴジュースのカンを二つ取り出すと、コレットの部屋へと向かう。

 ノックをし、返事を待ってからドアを開けた。

「おはよ、ウォル」

「あぁ、おはよう」

 部屋に備えられている木製の机に腰掛け、コレットが本を読んでいる。

「まずは、孤児院への入団おめでとう。活躍を期待している」

 グライツが言うと、コレットが笑う。

「なんかくすぐったいね」

 年齢にふさわしい笑みであった。

「まぁ、最初はそんなものだ。ついては、いくつか知らせておくことがある。時間は大丈夫か?」

 グライツがシュースのカンを手渡す。

「ん、っていうかエヴァンジェリンさんから外出許可が出て無いから滅茶苦茶暇なんだけど」

 プシッ! とコレットが缶をあけ、一口飲む。

「許可なんていらないさ。好きなときに出て、好きなときに帰ってくればいい。今日からここはお前の家だからな」

 手近な椅子に腰掛け、グライツが言う。

「そう、本題だ。孤児院が……この組織がどんなことをするのかはだいたい卿からお話があったな?」

「卿? エヴァンジェリンさんからならあったけど?」

「その人だ。お前は基本的にここでなにをしても良いが、ただ一つ、孤児院を表で言うな。コレがルールだ。質問は?」

 グライツがそう尋ねたとき、突然雷鳴がとどろいた。まるで目と鼻の先に落ちたようなその音をきくと、グライツは事務室に走りだした。


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