2-5
目の前が真っ赤に染まる。
血が眼に入ったのかな?
痛くて眼が開けられない。
狂ったような笑い声が次第に近づいてくる。
目を開けなきゃ!
でなきゃ――死ぬ!
身体中が痛い!
まるで太い木の枝が何本も突き刺さっているように痛い!
眼を開けろ、僕!
「ひっ……!」
真っ白な何かが僕の胸に刺さっている!
炎にきらめいてこびりついた血肉が……?
あれ……血……肉……?
じゃあこれは!
この痛みは!
「うああああっっ!!」
僕のあばら骨!!
――――
「うああああっっ!!」
深夜、郊外の大きな家に男の絶叫が響いた。
男はベッドから跳ねるように飛び起きる。
真っ暗な部屋の中で、色の違う影が動く。
男はびっしょりと寝汗をかき、呼吸も荒い。
かちかちと歯が音をたてている。
バタバタと廊下を走る音が聞こえ、男ははっと我に返る。
「(そうだ……俺は――)」
壊されるように勢いよくドアが開けられ、横にあるスイッチに連動した電気がつけられる。
一人の少女が部屋に飛び込んできた。
「グライツ!?」
「リエイア……何でもありません。悪夢を見ただけです」
男、グライツは力の無い笑みでそう言うが、リエイアは引き下がらない。
「どこが大丈夫なのさ! 鏡見てから言ってよ!」
リエイアがグライツの隣に寄り、頭をぎゅうっと抱き締めた。
「り、リエイア!?」
当たっているせいなのか、グライツは顔を赤らめて抵抗する。
「昔、よくこうしてもらってたよね。ボクが夜が怖くて眠れないときにさ」
リエイアが言うと、グライツは硬直し、抵抗を止める。
「男だからとか、年上だからとか、我慢する必要なんてないとおもうよ。泣きたいときは泣けば良いし、怖いときは思いっきり怖がっていいと思う」
リエイアが静かに言う。
グライツは静かに聞き入っていた。
「……って、グライツがボクに言ったのをちょっと変えただけだけどね♪」
グライツを開放し、太陽のような笑みを浮かべてリエイアが言う。
「ふふっ。大人になりましたね、リエイア」
「と〜ぜんよ! なんたってもう十二才だからね!」
えっへん! となだらかな胸を誇らしげに張る。
そんな無邪気な仕草に、グライツは思わず笑みを浮かべる。
穏やかな笑みだ。
そんな顔をみて、リエイアの胸が不意に高鳴った。
「そ、それじゃあボク戻るから!」
「ええ、おやすみなさい」
頷き、グライツはリエイアを見送る。
リエイアが部屋を出る直前に、グライツから破壊力たっぷりな一言が放たれた。
「ありがとう、リエイア」
ばたん、とドアが閉まり、グライツは息を吐いた。
「リエイア……私は……あなたのことが――」
そう小さくつぶやくと、グライツは頭を振り、再び闇の中へと溶けていった。
――――
リエイアの部屋はグライツの部屋の隣だ。
部屋の広さはグライツのものと同じだが、そこかしこにマンガやぬいぐるみが散らばっているせいで、狭く見える。
リエイアはベッドに飛び込む。
スプリングが軋む。
「(ばか……)」
胸が高鳴る。
「(ばかグライツ……)」
先程まで胸の中にあったぬくもりが蘇る。
「(あれは反則だよ……)」
手近なぬいぐるみを手繰り寄せ、先ほどグライツにしたように胸に抱く。
今までグライツを意識していなかった、と言えば嘘になる。
だが、グライツを異性として感じたのは初めてだ。
「(グライツ……堅物だし、真面目だし、礼儀にうるさいし――)」
自分の考えを打ち消すように、グライツのイメージを浮かべる。
「(鈍感だし、女心わからないし、隙がないし――)」
だんだんとイメージが変化してゆく。
「(色白いし、細いし、笑うと――)」
ぼんっ、と火の着いたように顔が赤くなり、リエイアは頭から毛布をかぶる。
「(恋愛なんて、ボクには関係ないと思ってたのになぁ……)」
リエイアは電気を着け、床に散らばっている一冊のマンガを手にとる。
学校の友達に勧められて買った、一冊のマンガ。
適当に開くと、ヒロインのピンチに主人公が颯爽と駆け付ける場面だ。
あまりにもお約束というか、実は主人公と敵がグルなんじゃないかってほどタイミングが良い。
友達にそう言ったら、リエイアは夢がない、って言われたっけ。
でも、今読んでみるとまるで見方が変わった。
こういうのが、チャンスなんだろう。
「グライツ……」
小さくそうつぶやき、リエイアも夢の世界へと落ちていった。
――――
「……エイア、着きましたよ。リエイア?」
その声にはっと我にかえる。
いつものように、学校までグライツのバイクで送ってもらったのだが、考え事に夢中になっていたせいで到着に気付かなかったのだ。
つまり、グライツの背中にぎゅうっとしがみついている格好なのだ。
何人かの生徒がグライツとリエイアを交互に見つめている。
何人かの男子生徒でさえも見つめるほどに、格好いいグライツ。
「っと! ごめん! ありがと!」
弾けるように友達のもとへと向かう。
バイクの魔導エンジンの音が遠くに消えていく。
「ねぇ、今のリエイアのおにぃちゃん?」
「初めて見たー……カッコイイじゃん!」
「そんなことないって、この前先生が言ってたじゃん。隣の芝は青く見える、って」
二人の友達と軽口をかわしながら、リエイア達は学舎へと向かう。
「いいなー、私もあんなおにーさんいたらなー」
リエイアの右隣を歩いている、茶髪を二つにまとめた少女が言う。
「ん、実際持つと苦労するよ。うちのおにぃちゃんは研究以外我関せず、って感じだし……」
その隣を歩いている、肩までの金髪の少女が言う。
「そうそう、シエラっちの言う通り。ないものは美しく見えるのだよ」
うんうんと一人うなずき、リエイアが言う。
「その割にはぎゅーっとくっついてたなー、リエイア」
茶髪の少女が言うと、リエイアが顔を赤らめた。
「アテナ〜っっ!!」
両手を振り上げ、リエイアは茶髪の少女、アテナを追い回す。
後ろからは苦笑いを浮かべながら、シエラが追いかけていた。