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2-4

「う……?」

 休憩室で、コレットは目を覚ました。

 周囲は真っ暗な闇が覆い、何も見えない。

 感触からしてベッドに寝ているようだ。

「ウォル? ミハエルさーん?」

 コレットはベッドから起き上がり、壁に手をつきながら、なんとか歩いてゆく。

 ドアを探り当て、押しあけるとミハエルとエヴァが座っていた。

「おお、お目覚めかね?」

「調子はどうだ?」

 二人はチェスをしていたようだが、コレットが入ってくるとしっかりと挨拶をする。

 窓からは真っ暗な外の景色が街灯に照らされているのが見えている。

 なんともいえぬ違和感を感じる。

「あ……はい、こんばんは。今はもう平気です」

 意識を失う直前、なにか冷たいものが首の中に絡み付き、目の前が暗くなったことを思い出したのか、コレットは身震いして首に手を当てる。

「……なんともない」

 心から安堵したように、コレットが言う。

「シャンツェは器用だからな。上手いことやったんだから当然さ」

 見渡せば、双子とグライツの姿が無い。

「あの、ウォルと双子ちゃんは?」

 事務室には入り口と休憩室の他にも三つほど扉がある。

 飾りっけの無い、赤錆びのついた重苦しい鉄の扉だ。

 その中かな、とコレットが想像する。

「アルクとエテルは食事を作っているよ。グライツ君は今は自分の家だな」

 ミハエルが黒の駒を動かしながら言うと、エヴァが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「おいミハエル、待った」

「良いだろう」

 エヴァはトントンとこめかみをこづきながら白の駒を動かした。

「グライツって?」

 うっかりタイミングを逃しそうになったコレットが尋ねる。

「シャンツェの偽名だよ。たしか、グライツ・アヴァロードだったかな?」

 黒の駒を一つ弾き、エヴァは言う。

「表のほうの人格さ。私個人としては、慎重すぎだと思うがね」

 ポン、と黒の駒が置かれる。

「チェック」

「ぬ……」

 エヴァの眉間に皺がよりはじめた時、扉が開いた。

「お食事の準備が整いました」

 アルクがそう呼び掛けると、ふー、と息を吐いてエヴァが立ち上がった。

「食事のあとに、だな」

「あぁ、そうしよう」

 キイキイとフレームを軋ませ、ミハエルが動く。

 コレットがハンドルを掴んだ。

「私がやりますよ」

 その言葉に、ミハエルが慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

「腑抜けたものだな、ミハエル」

「さすがの私も年には勝てないさ」

 三人は双子に続き、部屋へと入った。


――――


「ふわー……」

 コレットが嘆息をもらす。

 部屋はとてつもなく広い。

 高い天井からはシャンデリアがぶら下がり、十人は座れるであろう長いテーブルが一つと、椅子が十二脚。部屋の向こう側にはキッチンが見える。

 宮殿の食堂のようにも見えるそこは、一体何処に土地があるのか不思議なくらい広い。

「ここ、どこなんですか?」

 コレットがミハエルな尋ねる。

「どこでもない場所、さ。空間を歪めて作っている四次元空間だ」

 ミハエルはさらりと言うが、常人には、特にわずかなりとも魔術を齧っているものにはとても素直に飲み込めない言葉である。

 空間魔法なんて絶滅寸前の魔法を、こんな精度で使うなんて只者じゃないからだ。

「すごいわ……ミハエルさん……」

 コレットはそれをつぶやくのが限界であった。

 高い天井から吊されたシャンデリアの光がコレットを照らしている。

「私など大したことはない。魔方陣で繋いでいるだけだからそれほど大変でもないさ」

「でも、こんな大規模の空間魔法なんて――」

 コレットが言い掛けると、既に席に着いたエヴァがさえぎった。

「勉強熱心なのはかまわんが、料理が冷めるぞ」

 その言葉に、コレットはバツが悪そうに顔を赤らめた。


――――


 食事も素晴らしいものであった。

 料理名は詳しく知らないが、どうもウンテルリッヒの家庭料理らしい。

 ちょうどいい焼き加減のローストビーフにはすばらしく良い香りのソースがかけられているし、パンは外側がこんがりと良い焼き色が付いている。

 サラダはみずみずしく、ドレッシングはいくつかの種類が出されている。

 ただし、飲み物だけは普通ではない。

 エヴァとミハエルは食前酒にブランデーが付いているのだが、量が尋常ではない。

 一人瓶一本という量だ。

 しかも、ラベルからして決して安いものではない。

 双子とコレットには果物のジュースがこれまた一瓶ずつだ。

 いただきます、と全員が唱え、食事が始まる。

「これ、あなたたちが作ったの?」

 コレットが双子に尋ねる。

「ええ」

「お口に合いませんでした?」

「とんでもない! すごく美味しいわ!」

 その言葉に双子がふっと微笑む。

 笑顔だけを見れば、年齢相応の笑みだ。

「アルクとエテルの料理はいつも美味しいな。日々の活力になる」

「まったくだ」

 珍しく、エヴァが同意する。

 素直に美味しいと思っているのだろう。

「「ありがたき」」

 恭しく、双子が軽く頭を下げた。

 エヴァが珍しくコップでブランデーを飲んでいるところだった。

「これどこの酒だ? 旨いな」

 感心したようにエヴァが言う。

「君のそれはケファウスのアップル・ブランデーだよ。私のはここのピスコだな。この前依頼人が代金の代わりに置いていったものだ。高級すぎるとは言ったんだが、機嫌が良くてね。ありがたくもらったんだ」

 ミハエルは酒については非常に博識である。

「はっ、相変わらずの生き字引っぷりだな、お前は」

 香りを吸い込みながらエヴァが言う。

「ミハエルさん、詳しいんですね」

 感心したようにコレットが言う。

「あぁ、趣味のひとつだったからね。酒に付いてはちょっとだけうるさいんだ」

 笑みを浮かべ、ミハエルが答える。

「でも世界さま、お体に障りませぬように」

「肝臓をやられると辛いそうですよ?」

 双子がジュースを飲みながら言う。

「あー……気を付けるとしよう」

 苦笑いを浮かべ、ミハエルが言った。


――――


 食事もひと段落したころ、コレットはエヴァに肩を叩かれた。

「さて、詳しく聞きたいことがいくつかある。順番が逆になったが、面接といこうか」

 その言葉に、コレットはどきりとする。

「め……面接?」

「形式的なものだ。嘘をつかなければ平気さ」

 こくりと頷き、コレットはエヴァに続いた。

 グライツとコレットが戦った部屋、そこの椅子に二人は座っていた。

「さて、まずはだな……そう、人を殺したことは?」

 いきなりの質問に、コレットは狼狽える。

「えぇっと……ゲリラ時代に……」

「何人だ?」

 突き刺すような瞳がコレットをとらえる。

「……十五人です」 

 目をふせ、コレットが答える。

「ふむ……悪くない。それじゃあ、お前にとって、正義とは何だ?」

 エヴァが微笑みながら尋ねる。

「正義、ですか?」

「あぁ」

 コレットは数秒ほど考え、結論を導いた。

「私に関わりのあるすべての人を守る事、誰も傷つけさせないこと、です」

 澄んだ瞳で、コレットが答える。

 エヴァは満足そうに立ち上がる。

「わかった。頼りにしているぞ、コレット・リファール。愛しき妹よ」

 くしゃくしゃとコレットの金の髪が掻き混ぜられる。

 髪の色から、姉妹に見えないこともない。

「そ、それじゃあ……」

「外には仕事には出れないが、中のことをいろいろとやってもらう。シャンツェの負担も減らせるしな。あぁそうだ、一枚引いてくれるか?」

 エヴァがカードの山を差し出す。

 コレットは真ん中ほどから、一枚を抜き出した。

 赤いローブをまとい、長く白い髭を伸ばした老人の絵だ。

 左上にはローマ数字の?が描かれている。

「タロットカード?」

「あぁ。異名決めだよ。儀式的なものさ」

 エヴァは懐から一枚のカードを取り出す。

 真っ黒な毛が体を覆い、頭に角が生えたおぞましい人間の絵柄だ。

「お守りみたいなもんだ。よろしくな、マジシャン」

 にっと笑みを浮かべ、エヴァが言った。

 タロットの絵とは正反対の、美しい笑みであった。


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