7. 終着
今回の手紙と、それに対して残されたメモ書きは、彼の残した膨大な資料群の中でも異質な物となっている。
他に残された物の中には、彼の考察に主眼を置いた郷土資料的なものであったり、日記や趣味であるフィールドワークの活動記録、そして伝奇物のような創作物がほとんどである。
その中で、この手紙とメモ書きだけが、ただただ彼を振り回しているだけという、珍しい内容になっている。
この手紙が収められた段ボール箱には『はごろも』とだけ書かれていたので、こちらを主題に使わせてもらった。
彼によるメモ書きは、段ボール内にびっしり詰まった封筒の上に、置き捨てるように乗せられていた。
最後の追記のページだけ、破れてしまい判読不可能となっているのが残念だが、話の全容は分かるのでそのままにしておいた。
破れた部分の切れ端がないか探したものの、この手紙とメモ書きの入った段ボール箱には何もなかったので、また他の資料等を漁った時にでも出てくれば、改めて追加しようと思っている。
今回の話において、私が個人的に衝撃だったのは、そろばん塾の双子の件であるのは間違いない。
何故なら、彼女たちとはずっと同じ地域に住んでいたからだ。それこそ、私が小僧の頃から婆さんのような外見をしていた。
あまり定かではないが、昔は着物のような祭礼用の衣装のような服を着ていたような記憶もある。
そろばん塾も経営しており、何人か習いに行っていた覚えもあるが、それが誰だったかはイマイチ思い出せない。
だが、少なくとも普段の生活の中で、そこで暮らしているのが当たり前のような人達であった。
そんな彼女たちだが、数年前に二人とも亡くなってしまっている。
何やら姉妹のどちらかの身体が悪いため、もう一人があれこれ世話をしていたそうだが、最終的には玄関の入り口で二人が折り重なるようにして亡くなっていたそうだ。
事件性というものは報じられていないので、世話役の方が倒れ、それを助けようとしたもう片割れも倒れたといったところらしい。
今回の話で出てきた人物なので思わず口を挟んでしまったが、近所の亡くなった方の事は、あまり面白おかしく語りたいものでもないので、この辺りにしておこうと思う。
メモ書きを残した彼とは深い付き合いと言うほどでは無かったかもしれないが、道端で行き会えば挨拶も交わしたし、たまに世間話をすることもあった。
彼との関係性といえば、彼の住んでいた借家の持ち主が私の親戚という程度である。
私はすぐそばに家があるため、ほとんど管理人代わりのようになっていた。
不動産の資料によると、彼は当時、役所の職員としてこの町へと赴任してきた。本人曰く、準公務員ということだった。
詳しくは知らないが、郷土資料の整理から文化遺産の保存計画、河川や土木事業のアドバイザーといったような、様々な業務も行なっていたようであった。
ほかに国土交通省や、宮内庁とも関わりがあったと聞く。海外ともやり取りをしていたのか、そういった手紙の封筒も残っている。
趣味と実益を兼ねるのか、近隣の民話や伝説の調査などもしており、いくつか自作で文書を寄稿したとも言われるが、そちらは定かではない。少なくとも図書館には置いていなかった。
しかしそうした活動のせいか、一部では学者や研究者のような人物とも思われていた節もあったようだ。
しかし彼は、研究者や学者というには、あまりに若者らしい若者であった。最終的には失踪してしまい行方知らずとなってしまったが、家賃はきちんと振り込み済みであったし、部屋も綺麗なものだった。いくらか残置物はあったものの、それは大した量でなかったため、勝手ながら今も私が保存している。
失踪前に先払いされていた家賃分はとうに消化されてしまったので、今では私がこの借家を借り上げているが、幸いなことに親戚価格ということで、固定資産税と相殺するような金額で済んでいる。
また、彼が作家等の文筆業にも関わりがあれば、残された作品にも著作権といったものが発生するわけだが、そういった事もないらしい。
この残置物については彼の雇用主といえる方にも許可をとり、好きにして良いと伝えられている。また、親族が借家として物件を貸し出した際も、そうした話はしていたようだ。
私はその中から、この地域の近辺で起きた出来事、もしくはそれらをベースにしたと思われる創作物をまとめている。それらはある程度まとまったら、こうしてインターネット上へ出していくつもりだ。
私はまだ、彼の残した文章をインターネット上で発見出来てはいないが、もし私が語る話と同じ内容のものが別の切り口で語られていた場合、それは彼の痕跡である可能性が高いと思っている。
もしどこかで見かけたら際は、ぜひ教えて欲しい。
ただおそらく、年代的にも、既にそれらのページは失われているか、運営会社が撤退しているのではないかと思うので、過度に期待はもっていない。
もうひとつ。
なぜ私が彼の痕跡を見つけたがっているかという事を説明しておく。
先に述べたように、彼の残した資料や創作物は、とある地域について言及されている者が多い。その中で、おそらく彼が最後に関わった出来事というのが、私とも無関係では無い事柄であった。
それが今もあの借家に彼の残置物が残されている理由であり、私が資料を保管している理由でもある。
ごぼうの種を探しています。
手紙でも、電話でも構いません。どうなっていようと、覚悟は出来ております。
どうかご連絡いただけないでしょうか。
どうか、よろしくお願い致します。




