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2-52話:ワイバーンの肉

 沈みゆく太陽が、峻険な岩肌を濃い橙色に染め上げていく。 三人はその残光を追いかけるようにして、西へと続く山道を一歩一歩踏みしめていた。今は夏の兆しが見える季節。春の節に比べれば日は驚くほど長いが、それでも山の夜は容赦なく訪れる。


「はぁ、はぁ……っ。す、すみません……少しだけ……」


 ミレイユが膝に手をつき、肩を大きく揺らして立ち止まった。 先ほどのワイバーンとの死闘。十本もの魔法の矢を、一射ごとにミリ単位で制御し続けた代償は、彼女の細い体に重くのしかかっていた。魔力欠乏に近い疲労が、彼女の視界をわずかに揺らしている。


「……無理は禁物ですね。マスター、本日の行軍はここまでにしましょう。ミレイユ殿の顔色が優れません」

「そうだね。僕も少し気が急いていたみたいだ。よし、いい野営地を探そう!」

 

 アリーシャの進言にレオも即座に頷き、周囲を探索する。しばらく行くと、切り立った断崖の根元に、風を遮るようにせり出した大きな岩の窪みを見つけた。


「あった! 今日はここにしよう!」


 そこは天然のシェルターのようになっていた。以前ならロックサイノスの絶好の寝床になっていたであろう場所だが、今のこの山は違う。空の暴君――ワイバーンが周辺の魔物を捕食し尽くしたのか、それとも追い払ったのか。おかげで、背後を突かれる心配をせずに済むのは、疲労困憊の三人にとって何よりの幸運だった。

 野営の準備が整い、パチパチと焚き火が爆ぜる音が夜の静寂を彩り始める。 レオは「今日はとびっきりのご馳走だよ」と言って、先ほど『ディメンション・ドロウ』に収めたばかりのワイバーンの肉を取り出した。


「せっかく鮮度がいい状態で回収できたんだ。これを食べて、明日への活力にしよう!」


 レオが取り出したのは、ワイバーンの背中にあたる最も上質なロース部位だ。 驚くべきはその肉質だった。猛々しい外見とは裏腹に、その赤身には真珠のように美しい「霜降り」が細かく、網目のように入り込んでいる。高高度の極寒を飛び回るワイバーンは、その体温を維持するために極上の脂を蓄えているのだ。

 レオは腰のナイフを使い、厚さ三センチほどの贅沢なステーキ状に肉を切り分けていく。


「味付けはこれ。アルカナで仕入れておいた秘蔵の『マジックソルト』だ!」


 マジックソルト。それは魔法都市アルカナの肥沃な大地で育った数種類の薬草、香り高いハーブ、そしてピリリと刺激的なスパイスを乾燥させ、魔力を帯びた純白の岩塩と絶妙な比率でブレンドした調味料だ。アルカナでは一般的だが、旅の空の下でこれを使う贅沢は何物にも代えがたい。

 レオは切り分けた肉を丈夫な枝に刺し、焚き火の強火に直接かざした。


「じゅうぅぅぅ……っ!!」


 火に触れた瞬間、肉の表面で霜降りの脂が弾け、黄金色の雫となって滴り落ちる。


「……っ! すごい香り……」


ミレイユが鼻をひくつかせた。 こんがりと焼けた肉の香ばしさに、マジックソルトに含まれるハーブの爽やかな香りと、焦げたスパイスの刺激的な香りが混ざり合い、窪みの中は瞬く間に「空腹の地獄」へと変貌した。

 アリーシャとミレイユは、その暴力的なまでに美味そうな香りに、思わずごくりとのどを鳴らす。


(ぐぅぅぅ……)


  静かな夜の空気に、二人の空腹を告げる音が重なった。


「「……っ!!」」


 真っ赤になって顔を伏せるアリーシャと、三角帽を深く被り直して隠れようとするミレイユ。それを見たレオは、快活に笑いながら焼き上がった枝を差し出した。


「さあ、焼けたよ! 『レディーファースト』だ。二人とも、遠慮しないでたっぷり食べて!」

「あ……ありがとうございますっ」


 ミレイユは、熱々の肉を受け取ると、小さな口を精一杯大きく開けてかぶりついた。


「はふっ、はふぅ……んんんっ!!」

 

 前歯が肉の弾力を突き破った瞬間、閉じ込められていた熱い肉汁が「ぶしゅり」と溢れ出した。噛めば噛むほど、濃厚な肉の旨味が舌の上で爆発する。 ワイバーンの肉は、鶏肉をさらに力強く、牛肉よりも芳醇にしたような唯一無二の味わいだ。そこにマジックソルトのハーブが際立ち、脂のしつこさを綺麗に消し去っていく。


「おいひ〜〜っ!! レオさん、これ、止まりませんっ!」


  目をキラキラと輝かせ、頬をリスのように膨らませて夢中で咀嚼するミレイユ。その表情には、先ほどまでの疲労の色は微塵もなかった。

 一方のアリーシャも、騎士としての行儀を忘れかけるほどに肉に没頭していた。


「……んん〜っ! このマジックソルトのアクセント、最高です。肉の甘みが引き立って……体に魔力が染み渡っていくようです」


 滴る肉汁を指先で拭い、それさえも惜しむように味わうアリーシャ。

 二人の至福の反応を見たレオも、もはや我慢の限界だった。自分用の肉を豪快に鷲掴みにし、そのままかぶりつく。


「……う、うんっっま〜〜〜!!!」


 噛みごたえはあるのに、脂が口の中でスッと溶ける。スパイスの刺激が食欲をさらに加速させ、飲み込むのがもったいないほどだ。


「最高だ……。やっぱり、みんなで苦労して倒した獲物は格別だね!」

 

 焚き火の炎に照らされながら、三人は夢中で肉を喰らった。 ワイバーンという高ランクの魔物。その力強い生命力を食すことで、疲弊していた彼らの魂は力強く再燃していく。

 マジックソルトの香りが夜風に乗って岩山に溶けていく。 満天の星空の下、極上の肉を頬張る三人の笑い声が、冷たい岩壁を温かく包み込んでいた。


読んでいただきありがとうございます。ワイバーンの肉おいしそうだなぁと思っていただけたなら☆☆☆☆☆にぽちっとしていただけると嬉しいです。評価やリアクションをいただけると励みになりますのでぜひともお願いします!次話もよろしくお願いします。

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