瑞の白煙
太陽が少し動いて、影の位置が変わる。
ぼーっとしているうちにどれくらいが経ってしまっただろう。
早めに着いたとはいえ、いつまでもこうしていられないことは分かっている。
もうガキとも呼べない年齢の私には、ひたすらに青い空を見つめて、あの頃のように成すべきことから目を背けている暇はないのだ。
そろそろ行かないと──。
そう思いながら、もう一本。
それに火をつけたところで、ガラス扉がキーッと音を立てた。
「頃」
「なんだ…瑞月か」
「ここだと思った」
「まあ、やめられるものじゃないんで…」
「ちょっとは身体大事にしな」
「瑞月がそれ言う…?」
火貸して、と何食わぬ顔で差し出された手に使い古したオイルライターを乗せる。
「ありがと」
「ん。」
戻されたそれをポケットに放り込むと、ふーっと横から煙が立った。
ひと吸い目の、深みのある白。
か細い風がそれに勝てることはなく、日差しをかき消すようにそこに溜まりもやもやと空間を支配していく。
「深白は?」
「お手洗い──だったけど、今はそこでもじもじしてる」
「あーぁ…」
指差された方に目を向けると、待合スペースの端にちょこんと座る寂し気な影がひとつ。
泳がせるその心もとない視線は、まるで飼い主を探すよう。
「…瑞月、ここにいるって教えたの?」
「ちょっと一服って連絡は入れた」
「あー…探してるねぇ…」
「はぁ…いつもああなんだから」
その様子を見ながら、相変わらず、と二人で笑い合う。
ひと通り深白の観察が終わったところで瑞月の表情が戻ると、いつものそれと変わらないような硬い表情で手元のものを深く吸いあげた。
「結婚か、春も」
「…んね。」
「実感ない」
「うん」
「……頃、だいじょ──」
──キーッ──
「あ、瑞月いた…ちゃんとどこか言わないとわかんないよぉ…頃、おはよぉ」
「おはよ、深白」
「瑞月、ご祝儀袋どこにやったの?」
「……ごめん頃、ちょっと戻る」
瑞月がちゃちゃっとそれを消して深白の腕を掴むと、またガラス扉が唸る。
二人の背中を微笑ましく見ていた私に、深白がこっそりと頼りないウインクをよこした。
瑞月も瑞月なら、深白も深白。
ああ見えても、昔から深白の方が周りは見えているのだ。
ありがと、と片目をつむりハンドサインで返すと、深白がちいさく手を振った。
それに気づいた瑞月の心底おもしろくなさそうな顔。
これも今まで何度目にしてきたことか。
「本当の飼い主はどっちなんだか…」
閉まったそれにぼそっと呟いて、私はぐーっと、その両手を空に向かって伸ばした。
左腕に着けられた時計の針は、もうすぐそこに迫った式までの時間を刻んでいた。
「……落ち着かないな、二人も」
そして、私も。
過ぎたあの日々に想いを寄せながら、私はもう少し──と。
二人のいなくなった穏やかな木陰に身を寄せた──。