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メイクは盛ってなんぼっしょ!~元•地味令嬢はメイクとギャルマインドで覚醒する~

作者: 加糖 甘
掲載日:2025/08/03

鏡を見ていた。

正確には、鏡の中の“誰か”と目が合って――ほんの少しだけ、息をのんだ。


「……あーもう、こんな顔じゃ全然ダメ」


まつ毛は控えめ。

眉は形を軽く整えただけ。

唇はほんのり桜色。


つまり、“社交界的に正しい”お顔ってやつ。


でもさ?


「メイクって盛ってナンボっしょ?」


――その瞬間、胸の奥で何かがバチンと弾けた。

……思い出しちゃったんよね、前世の記憶を。


制服の襟を片手で直しながら、スマホのカメラ越しにアホみたいに盛った自分を見て、「今日のビジュ、バチイケじゃ〜ん♡」って笑ってたあの頃のあたし。


そう、あたし――前世ではギャルだった。



ガッツリ黒ライン、盛りに盛った束感まつ毛、唇はうるつや青みピンク。


細眉全盛期から海外アイドル風つよつよメイクまで、流行りに命かけて追いかけてた。


それがあたしの日常で、戦場で、自己主張で、そして──自信の源だった。


でも、今のあたしは伯爵令嬢で、しかも保守的な社交界を生きているわけで。

盛り盛りメイクなんて「奔放」「野蛮」「躾がなってない」の三拍子。

これまではそれで納得してた。

だってこの世界には、ギャルもバズりもないんだし。


……でも、記憶が戻っちゃったんだよね。

そうなったらもう耐えられない。


──マジ、無理。

無理無理無理。



だってさ、チークひとつ、リップひとつで、どんだけ気分上がると思ってんの?


チークはさ、“今日ちょっといいじゃん”って、自信の火をつけてくれるし、リップはひと塗りで、“あたしが主役”ってスイッチ入れてくれる。


だからそれを抑圧するとか、マジでありえないっつーの!


「顔を盛りたい……!」



小声で漏らしたその言葉に、鏡の中のあたしがちょっとだけ笑って見えた。


──そういえばあたし、前世でコスメ開発やってたじゃん。

あたし、知ってる。

肌に優しい成分、色出しのコツ、リップの艶感は油分の比率で決まるってこと。



この世界にもメイク道具があるってことは作れないわけじゃない。

需要がないからだれもやってこなかっただけ。

チークの色、いろいろ試してみたいし、リップもマットからツヤまで揃えたい。


いいじゃん、やってやろうよ。



試験が終われば、学園はしばらく長期休みに入る。

教師の目も、寮長の先輩の小言も、いったん距離を置ける貴重な期間。


つまり、自由。

やるなら、今。

あたしの中のギャル魂に、今、火が付いた。






その日から、あたしは“研究”を始めた。

──バレないように、こっそりと。


学校の離れにある古い温室。

生徒の誰も寄りつかないその場所は、ちょうど良い秘密基地だった。

ガラス張りで光がたっぷり入るし、床は石畳で水仕事にも強い。


つまり──ラボに最適。



というわけで、まずはチークから。


蜜樹の脂と草の実から抽出したオイルを湯煎で溶かして、肌馴染みのいいベースをつくる。

分量は経験とノリ。

最初はみんなそう。


で、問題は色。

ここは貴族社会。

下手に高発色のチークつけたら「火照ってますの?」って笑われる未来が見える。


だから、狙うは──自然に見えて、盛れる“血色感”。


さて、この要望を満たす顔料をどうやって手に入れるか。

とはいえ今のあたしは名家の令嬢。

ある程度のわがままなら聞き入れてもらえる。


ってことで、我が家の使用人と出入り商人、それから専属の仕立て屋にお願いして、染織用の素材をいくつか分けてもらった。

みんな一瞬「?」って顔してたけど、最終的には無言で渡してくれた。マジ感謝。


色々試した結果、選ばれたのはベニの実とハニビの花弁。

乾かして粉にして、酒精で抽出──そんでその液体を蜜樹のベースに混ぜていく。

発色を見ながら少しずつ……ここがいちばん楽しいとこ。


それを薄くブラシに取って、頬にふわりと──


「こ、これよ……!!」

思わず、声が漏れた。



じゅわっと滲む頬。

くすみがとんで顔が明るく見える絶妙なカラー。

自然な“ぽっ”じゃなくて、ちゃんと“盛れてる”血色感。


これぞ、コスメの力。

これぞ、文明の利器。


仕上げに、うっすらとハイライト用の蜜粉も纏って──

「……ちょ、めっちゃ垢抜けたんですけど!」

自分で自分に引くほど、テンションが上がった。



マジで輝いてる。

なんか今日のあたし、前世のSNSアカウントでいいね数爆伸びした日ぐらい艶々で盛れてる。


ちなみに、これを発見した瞬間のあたしはちょっと泣いた。

嬉しくて。


だって、やっと思い出したんだもの。

あたし、大好きだったんだこういうの。


可愛くなろうとする時間とか、鏡の前で格闘する時間とか、努力して盛れて「わー可愛い〜」って言ってもらえた時のあの高揚感。


全部好きだったんだよ。

今までは、“令嬢らしく”って言葉に従って、必要最小限のオシャレだけで我慢してた。


でも──

「我慢、やーめた」


あたし、マティア・フォン・ヴェルデは、これからは好きな服を着て、好きな色を塗って、好きな自分になるって今決めた。





それは、朝からアイライナーの色味の試作をやり直してた日のことだった。


色味って結構奥が深い。

赤みを足せば色っぽく、グレーを混ぜれば抜け感が出る。

「目元はキャンバス」なんて言ったりするくらいマジで世界が変わるの。



……で、そんなあたしの努力の結晶を見て、婚約者が言ったのよ。

そのひとことが、コレ。


「最近の君は……少し、派手すぎるね。僕の隣に並ぶには、ちょっと――」


は?



「――そぐわない、かな」

……え、今なんて?


場所は学園の中庭。

バラのアーチの下で、日差しも優雅な貴族学校のお昼どき。

そんな絵画みたいなシチュエーションで、あたしの婚約者様はいつもの柔らかい笑みをたたえてマジの地雷を踏み抜いてきた。


しかも、「僕はあの子の方が控えめな感じがして好きだな」だなんて追撃付きで。

 

 


──アルバート。

両親同士が仲良くて、物心つく前から婚約者という間柄。

いわゆる許嫁ってやつ。


いつもニコニコ……いやヘラヘラしていて八方美人で。

そのくせ、あたしが何を言っても「そうかい、でも僕はこう考えてる」で終わらせて、都合のいいときだけ優しくして――

あの頃のあたしは、それでも好きだったんだよ?

「アルバートがそう言うなら」って全部聞き入れて……そこにあたしの意見なんてミリもなかった。

ほんとバカよね。


でも今は、違う。


この数ヶ月でようやく気づいた。

アイライン一本で世界は変わるし、リップひと塗りで「いける」って思えるようになるって。

そんな魔法を、あたし自身が生み出してるって事実が、何よりの自信なの。


それを「派手」とか「そぐわない」とか、ホントにありえないんだけど!?

こっちは“幼馴染で許嫁”とかいう肩書きにしがみつく気なんかない。


てか、むしろ好都合。

あたしが何も言えないのをいいことに、あんたが他の女の子に色目使いまくって遊び惚けてること知ってるからね?

例えば――今あんたが「控えめな感じがして好きだな」って言ったあのご令嬢とか。


……ありえないっしょ。

婚約者より浮気相手の方が見た目好みって本人を前にして言うかね普通。

むしろ、そっちが恥ってやつじゃね?


あ〜〜〜〜、せっかくならこっちから振ってやりたいなぁ。

どうせなら盛大に、あんたの無神経っぷりを社交界中にお披露目してあげたい。

「かわいそうにねぇ、マティア嬢に捨てられたんだって」ってヒソヒソされる気分、味わわせてやりたくない??


よし、決めた。

婚約破棄、派手にかましてやるわ。

舞台はもちろん――






そして、ついにやってきた社交パーティーの夜。

煌びやかなシャンデリアの下、今年の主催はあたしの家。

つまり、今日の主役はもちろん──あたし、マティア・フォン・ヴェルデ。


当然、準備は抜かりなく。

コスメ研究の現状の集大成。

フルメイク、全顔仕上げ。

ドレスとアクセはメイクを引き立たせるために派手にしすぎず、でもあたしらしさを取り入れるためにキラキラカワイイを散りばめてもらった。


まつげはきっちりカールして、リップは自信と勝負の赤。

頬には血色感と透明感をいいとこどりできるチークを纏い、その上から照明の明るさと色までしっかり計算しつくしたハイライターをのせる。

鏡の前の自分を見て、思わず「今日の顔面大天才じゃん」とつぶやいた。



会場の扉が開いた瞬間、空気が変わったのがわかった。

あれよあれよと周囲の視線が集まり、さざ波のようなざわめきが広がる。


「……誰?」

「あの人、まさか……マティア嬢?」


さっきまで香水と虚栄にまみれてた令嬢たちが、一斉に色を失っていく。

ごめんね、今はあたしがこの世界で一番可愛いの。


そして、当然のように現れた婚約者――あ、今から元・婚約者になる人?

ま、どっちでもいっか。

彼はにこやかに、慣れた様子であたしの手を取ろうとする。


「マティア、今日は一段と美しいね。さ、共にご挨拶を――」


ぴしゃり、と扇子でその手を払い、笑顔でこれでもかってくらい丁寧な言葉で言ってやった。


「ご自分の“真に愛する女性”をエスコートして差し上げたら? 貴方の隣にふさわしい“控えめ”な方なのでしょう?」


あいつの顔が引きつる。


――ちょうどそのとき、会場の奥の扉が開いた。


遅れて現れたのは、あいつが学園でコソコソ遊んでいた“真に愛する女性”こと、某男爵令嬢。

教えた時間ぴったりのご到着。


彼女の登場に、会場がざわめく。

さあ、最後の仕上げといこっか。


あたしは舞台の幕引きを飾るように、ゆっくりと扇子を開いた。

そこに挟まれていたのは──手紙と、数枚の証拠写真。


昼間の学園裏庭、寄り添って歩く二人。

キス寸前の図。

愛を囁く手紙の写し。


あいつがあり得ないレベルでキョドりまくる。


──本気でバレてないとでも思ってたわけ?

残念ながら証拠は全て抑えさせてもらったわ。



コスメ研究用に覚えた射影魔法の応用。

まさかこんな使い道があるなんて。

やっぱり、人生に無駄なものなんてひとつもないんだわ。


両家の親たちがざわめき、母が持っていたグラスをカチャンと落とす音が妙に響く。

父の顔がみるみる険しくなっていくのを、あたしはほくそ笑みながら見ていた。


「どういうことだ、アルバート!」

父の怒声に、あいつは顔を青くして弁解を始めた。


「い、いや、これは誤解で――ただ彼女の相談に乗っていただけであって……ほら、マティアとは今もこうして一緒にいるし……っ」


あたしの腰に無理やり手をまわそうとするアルバートを無慈悲に払いのける。

残念だけど、もうあんたの言うこと聞くだけの気弱なあたしじゃないんで。


あいつと浮気相手は、あっという間に彼のご両親に両腕をつかまれ、会場の隅へと連行されていく。

あ、そんなに肩つかんだらドレス崩れるよ。

……ま、カンケ―ないしいっか。


すれ違いざまに、にっこりと笑って言ってあげた。


「良かったわね。これで“真に愛する女性”と一緒になれるわよ」


その瞬間のあいつの顔。

ぐっ、と言葉を飲み込むようにして、何も返せなかった。


――ざまあないわね。



結局その日の夜のうちに、ヴェルデ家は正式な“婚約破棄”の書類を提出した。

彼の両親はその場で書類に署名し、何度もあたしに詫びた。


正直あいつの両親に謝ってもらうことはないんだけど……まあ、あいつの言動や愚行を長らく放置してたんだから当然っちゃ当然か。





パーティーの翌朝、鏡の前で寝癖と格闘しているとノックの音と共に父がやってきた。


「マティア。少し話せるか?」


ああ、この感じ怒られるやつだ。

確かに自分主催のパーティーに婚約破棄という劇薬をブチ込んだ娘だもん、そりゃまあ怒って当然――と、身構えてたんだけど。


「……お前は、メイクに精を出すようになってから、随分変わったな」


ん?


「前はどこか自分に自信がなかった。けれど、今のお前は違う。気高くて、美しい。あんな男にやるには、もったいないくらいだ」


そう言って、父は照れくさそうに笑った。


……あ、やば。

泣きそう。


いつも厳しくて、無口で、ちょっと堅物な人が、そんな風に言ってくれるなんて思ってなかった。

しかも「気高い」とか「美しい」とか、ちゃんとあたしを見てくれてる言葉で。


昨夜のことを思い出して、ちょっと胸がきゅっとなる。

確かにスカッとはしたけど、うち主催のパーティーであんなド派手な修羅場を演出しちゃって――


「ごめんなさい、お父さま。あんなことに……」


「ふっ。ま、母さんはドン引きしてたがな」


あたしの謝罪を受け取ったのか受け流したのか、父は肩をすくめて笑った。






それからもあたしは変わらず――いや、これまで以上にコスメづくりに熱を注いだ。


気づけば学園中に噂が広まって、

「マティアさん、今度チークの入れ方教えてくださらない?」

「眉毛の整え方はどうすればよろしいのかしら?」

「マスカラってそんなに種類あるの!?」

……って、小さなメイク勉強会が勝手に発足。

ラボは今やちょっとした人気サロン状態。


そして今や、あたしの作ったコスメを使って自分の“カワイイ”を楽しむ令嬢たちで学園はいっぱいになっていた。


これよ、これ。

あたしが本当にやりたかったこと。

前世での夢で、目指していた未来。

まさかこんな場所で叶うなんて、人生って予測不可能すぎっしょ。


――でも、だからこそ、おもしろいんだよね。


自分の「好き」を信じて、表現して、誰かに伝わる。

それだけで、世界はちょっとずつ明るくなる。



さて、一方のあいつ――アルバートはというと、実家から島流しという名の勘当にあって、今は辺境の不毛の地でしょんぼりボッチ生活中らしい。


それと、あいつの“真に愛する女性”は、アルバートが一方的に好意を持っていただけ、という形に丸め込んだらしく、特に罰は受けなかったとか。

なんつー図太さ。

……まあ、さすがに学園には戻ってこなかったけど。




そんな中、父からとんでもないニュースが届いた。


隣領の“花園卿”から手紙が届いたらしく、卿の息子がどうしてもあたしに会いたいらしい。

隣領――そう、草花の楽園。

コスメの原料の宝庫で、領主は“花園卿”の異名を持つ変わり者……いや、自然愛好家。

しかも、「うちの草花をぜひ使ってください」とまで申し出てくれたらしい。


ちょ、待って。

コスメ界の未来がまた動いた――ってやつ?


再来週の会食に向けて、最高に盛れるメイクを研究しなきゃ!





メイクを思い出してからというもの、驚くほどに世界が変わった。

前はただの地味で自信のない令嬢。

あの日、鏡の前で「カワイイ自分」を見つけたあの瞬間から、自分の意志で好きを突き詰めて、道を切り拓いてる。




今日も鏡の前でアイライナーを引く。

ラインは真っ直ぐブレないように。

あたしの未来とおんなじ。



ほんと人生、メイクで盛れるっしょ?

自分を諦めないって、サイコーにアガるんだから!


お読み頂き、ありがとうございます。



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― 新着の感想 ―
メイクに関してはほぼほぼスッピンでいることが多いのですがメイク動画を見てわくわくしておりますわ。 自分がきれいでいること、自信を持つことは全てのモチベーションにつながりますわよね。 スッカスカの婚約者…
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