第五:コスプレイヤーが相棒?!
「ふう」と男は帽子に手をやりこっちを見ている。
「ど~おしたのお。おじちゃんとも、追いかけっこしよお~ぜえい」
――男の発する言葉で我に返った。……逃げ切れなければ、死ぬ――。
『脱兎』――。
「ダット」――。
男の反応速度は人間のそれではない。動物界のハンターと呼ばれる肉食動物が獲物であるエサを追うかの如く――。こっちが急に右に行ったり、左に行ったりしてもついてくる。
……まるで余力を残して、相手の方が疲れて失速したところを仕留めるような……。生まれながらの捕食者――。
だが、こちらだって簡単に失速するようにはできてない――。プロテクション同様、『脱兎』を何回使っても<MP>は全く減らない――、<スタミナ>の桜色ゲージは時間を追うごとに少しずつ減っているが、まだ三分の一以上は残っている。
にしても…‥、しつこい。こいつどこまで付いてくんだ? そろそろ二時間は走りっぱなしだぞ……。野を超え、山を越え、そして森の中。そう思った時だった、男があくびのような声を上げる……。
「んああ~、準備運動はこのくらいでいいかなあ~~。体も思い出して来たし」
はあ? 準備運動? 男の方に視線を向けたときだった――。
「ダットダット」
男がそういうと――、これまでが準備運動であったことを証明するような速さになり――。捕まった。
「知ってるだろうけどよお、うさぎの耳っつうのはよ。お前らにとっちゃあ、第二の心臓なんだわあ」
「知らねえよ! 耳掴んでるやつがいうなッ」
左耳を掴まれ、それと同時に首から下、左半身が痺れたように動かない……。<HP><スタミナ>もじわじわ減っていってる――。
「ぶはあっははは。いいねえ~その反応、大正解」
残ってるのは赤のスペードの2だけ……。俺の視線が一瞬だけ左内ポケットを見たのをこいつは見逃さなかった。
「なあに隠してやがるーーーー!」
男はそういって、俺のアロハシャツの内ポケットを漁るとカードを抜き取った。
「準備運動はお前だけじゃねえんだわ。歯あ食いしばれよ」
「ああ? トランプカード一枚でなにできんだあ。それも――」
声をあげる男は言い終わることもなく「ゴオオオオオオオン」と――。
振り下ろされた大剣によって、除夜の鐘のような音を鳴らし……、<クエスト失敗>のテキストと化した。
「あれっ⁈ べへモスに溜め3ぶち込んだと思ったんだけど……ここドコ⁉ って対象魔獣の白い兎ちゃんじゃーん!」
最後のカードの効果で現れたのは……。水色のエプロンドレスを着て、栗色のショートボブに小さな赤いリボンをつけた――まるで『不思議の国のアリス』をコスプレしたような可愛い子だった。
俺の視界には<空腹のためスリープモードに移行します>の表示が現れると――、プチュンと目の前が暗転した。
◆◇◆◇
……スンスン、スンスン。良い匂いがする……。これは――。目を開くと、対を成す小高い丘が目に入った。「いただきます」の挨拶もなしに俺はがぶりつく――。
「肉汁が沁みる~~~」
「起きてすぐとは、食いしん坊さんだね」
そう言って――、もぐもぐとハンバーガーで頬を膨らませながら食べる俺の前にやってきたのは……、『ぶどう糖』とプリントされた白いTシャツ姿のあの子だった。
「ありす」と名乗る女の子はイベントクエストの抽選に落ち、憂さ晴らしにべへモス討伐に潜っていたらしい。
「ああ~二匹のワンちゃんだったら、百二十点満点だったのになあ」
そう言って、ありすはソファに倒れ込んだ。へいへい、どうせ俺は百二十点満点じゃないですよ~。
「ごちしたっ!」
二つのハンバーガーを平らげると、目の前に<<相棒の条件を満たしました>>と表示するウインドウ画面が表示した。
「相棒の条件?」
「うおおおおおお!」
ソファの方から、ありすが雄叫びをあげている――。
「……まさか」
ありすの方を見ると、目が合った――。
「これからよろしくね! ハクト」
ありすはニッコリ笑ってそういった。「ハクト」と名付けられた俺は、ありすの相棒になったのだ。