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第一:チュートリアルは飛ばすな!

 茶の間を照らす蛍光灯。チカチカ光る点滅に――、俺は目覚めた。


 愛用している……沖田のアイマスクは、前髪をかきあげるヘアバンドへと役目を変えている。

 

 窓の外は暗い。窓際の置き時計は、針が八時二十分になりかけていた……。


 仮眠のつもりが――。


 そもそも何時から寝ていたのかすら思い出せない……、寝過ぎてしまったときのパターンだ。


「寝すぎてしもうた」


 こたつの中で体を縮め、息を抜き。何とか起き上がる――と、テーブルの上で待機していた赤本と白紙のノートが俺にトドメを指した。


「ぐはっ」


 俺はこたつの上に倒れ込んだまま……、テレビのリモコンを手の感触だけで探した。


 顔だけ起こして適当に番組を探していると……市内で火事があったとニュース番組が報道してるではないか。


 警察も放火の可能性を視野に動いているだと⁉ 


 ん? ……市内といっても、住所を見れば端と端じゃないか――。全然遠い所だ。


 そう、浪人生活の始まりと終わりぐらい――。



 そんなことを思っていると、ふと何か別のことを思い出すものだ。


「……あっ!」


 両親から海外旅行のお土産で送られてきた物があったことを思い出した。

 こういう時に限って体は軽い。俺の居場所で無くなったこたつから抜け出し――、新しい目的地となった寝室の押入れへと向かう。


「確かここに……」


 扉を開くと、ごっつい革表紙(かわびょうし)に《Magic(マジック) or(オア) Sword(ソード) ; β》と金で箔押(はくお)しされたA4サイズの分厚い本だけが見えた。


 俺に思い出してもらうのを待っていたのか――。


 とはいえ……、三月でも家の中はまだまだ寒い。こたつに戻るしかない。


「さぶっ」


 広辞苑ほどの分厚い本を手にすると、予想以上の重量感を感じた……。


「――重いな」


 広辞苑よりも重い、新しい相棒を持って「エッホエッホ」と口ずさみながら運ぶ。


 こたつの上は赤本と白紙のノートが独占していたが、次の機会まで下がってもらうしかない――。


「また、時が来たら会おう」

 

 一度、相棒にはカーペットで待機してもらい、先客は丁重に片付けた――。



「はいっ、ドーン!」


 こたつをズシンと響かせた本の表紙は不気味さを帯びている……。薄茶色の明暗に凹凸、(ふち)の白と紫色が確かに生きていたことを物語っていた。


 男ですら触れることを臆するだろう模様の表紙を開くと――、左側の遊びに送り主からと思われるメッセージが横書きで印字されている。


 ――愛するこどもたちへ 

 一つ、チュートリアルは飛ばすな!

 一つ、火気厳禁!

 一つ、存分に楽しめ!


「……本なのにチュートリアル?」


 意図が汲み取れない社訓のようなメッセージを読み終えたころだろうか。

 風もないのにページが勝手に次々とめくれ始める――。


「えぇー⁉」


 なぜそんなことが起きたのか理解できず、動けずにいると……本の半分あたりでめくれるのは止まった。

 開いたページは左右に手を広げた形が描かれ、右ページの下には《両手を(しめ)せ》とある。


「大丈夫だよねー?」


 意を決して、震える両手がページに触れると「パチッ」と静電気が起きたような痛みと音が鳴った。


「痛っ」


 痛みを感じた右手とページには、トランプのダイヤのような焼印(やきいん)が付いている……。

 それに気づくとあっという間の出来事だった――。


 手のひらの跡は青白く発光し――、同じものが感染拡大の動きで全身を覆い。(うろこ)にも見えるそれは身体から剝がれると弾くように分解し、粉状になったものからページの焼印に吸い込まれていった……。


◇◇◇◆◇◇◇◇◇◇◇◇


 目を開くと……、全身鏡の前には両耳の垂れた白いうさぎが立っていた。五十センチぐらいだろうか……。


 おでこの上あたりに(ゆる)やかな黒い(つの)のようなものが立っている――。触れると周りより少し伸びた体毛でふわふわしていた。


「悪くない……、むしろ合格点!」


 元いた世界に戻れることを確認して――、再びやってきた本の世界……。アバターはうさぎだった。



 俺は本の世界から元いた世界にソッコーとんぼ返りをかまして、まずやったのはネット検索――。

 なんせ父親からは中学に上がった頃から「ググレカス。うのみにするなバカ」と事あるごとに言われて育ってきた……。


 そんな育て方をされれば当然の行動だろう。


 表紙にあった《Magic or Sword ; β》の情報収集をメモリ8GBのノートパソコンで、開けるだけのタブを開いては消してを繰り返した――。


 また、赤本と一緒に下がってもらったノートは急な現場復帰にもかかわらず。俺に書きなぐられ、まとめを箇条書きされると役目を終えた……。


<・Magic or Sword ; βという本の情報はない。 ・Magic or Sword ; β1.0という名前で十年前にネット上に公開された。 ・ジャンルはMMOとバトルロワイアル系を合わせたようなもの? ・現在は2.0、3.0とアップデートを繰り返して、近日中に大手ゲーム会社よりVRMMOとしてβ4.0に大型アップデート&イベントスタートする。 ・モンハンとの違いは魔法、職業、サブ職業があり、職業にはランクがある。 ・運営は日夜(にちや)バグの修正に追われているらしい……>



「まぁ、色々調べたけど……結局は『習うより慣れろ』だよな! 確かカカシ先生が言ってた……いや、エロ仙人の方だったか?」


 鏡の前でストレッチをしながら、体の感覚を確かめる。だが、丸いしっぽだけは振ることは出来ない……。


白兎(しろうさぎ)の部屋》は多すぎず、少なすぎないウサギ関連の家具や小物類が俺好みだ。


 特に、寝室の横穴は天井に抜け出し用の穴が逆さで寝ないと見えないように仕掛けられていて、発見したときはテンションが上がった――。


  まあ、梯子(はしご)の木の根が少しだけ見えて、たまたまだったわけだが……。


 そのあとに他の仕掛けがないかと、置くものに合わせて所々くり抜かれているドーム型の部屋をあちこち探したが、見つけることは出来なかった……。


 そして、最後のメインディッシュ……。そう、洋服タンスの引き出しだ。

 オスの本能がこの部屋はメスが使っていたことを知らせている――。


「まぁ別に~、キズぐすりでも入ってないかと思ってるだけだしぃ」


 声は上ずっていた。引き出しの取っ手を持つ、前足にも力が入る。

 生唾を飲み込み……。


「いざ、オープンッッッ!」



<何も入っていません>


 黒板色(こくばんいろ)の透明なウィンドウに表示された白い文字が、無慈悲(むじひ)に俺の探索終了(たんさくしゅうりょう)()げた気がした。


「……なっ、なぜ何も入っていない?」


 俺は《(ひざ)から崩れ落ちてしまった》のジェスチャーをした。

 

 ふと、ウィンドウ画面の左上に《!》マークが赤く点滅していることに気づき、タップする――。


<チュートリアルをスキップしますか? はい/いいえ>


 反射的に<はい>の方へ前足が向かう――。しかし、本に印字していた『一つ、チュートリアルは飛ばすな!』の一文を思い出し、前足は止まった……。


「――ここは大人しく従っておこう。……いいえ」


 タップすると《チュートリアルを開始します》と表示され、赤く発光する点線が玄関の方へと続いていた――。


「行きますか」


《膝から崩れ落ちてしまった》の体勢から起き上がり、ゲームスタートに向けて玄関へ向かう。


 玄関のドアノブに触れると<耐久値100%>の表示が小さくポップアップした。


 外に出ると……、明るさに目を細めた。

 地上に張り出した木の根をお構いなしに、最短ルートが緩やかな弧を下の森へと描く。


「鳥じゃあるまいし……、よっ」


 根から根へピョンと飛び――。着地失敗すると……、滑り台のように下った――。


「いやああああああああ」



 俺は頭の毛づくろいをして、舐めるように木を見上げた……。トトロに出てくるような大きなクスノキだ――。

 途中には《白兎のおうち》の表示がある。……でっけぇ。生い茂った葉で空は見えない。


 不親切なルート案内は、……なおも続く。ワニが群れで優雅に泳いでいる池――、先に見えるつり橋の存在を無視した断崖絶壁……。

 既に先客の体半分が浸かって、抜け出せなくなっている底なし沼。……先客!?



 助け出した生き物は俺よりも体格のいい割に、並ぶと五センチほど低かった。


「いや~、ほんと助かったずら、九死に一生。窮鼠(きゅうそ)(ねこ)()むずら! 嚙んだのは木のツタだけどねっ、あははははははは」


 二本の前歯を見せて高笑いする上半身だけ杏色(あんずいろ)のこいつは……。ショート動画でその尻が流れてくると、スクロールする手を止めてしまう……、キンクマハムスターか!?


 こいつと同じ大きさはあるだろう、年季の入った緑色のリュックサックを(あさ)る姿は――既視感(きしかん)しかない。


「これは助けてくれたお礼ずら」


「どうも」と受け取ったのは、傘付きのまんまるしたどんぐりだった。


「……ところで、今何時ずら?」


「十一時三十五分」


 俺は右上に見える数字を読み上げた。すると――、体の半分が汚れたキンクマハムスターは急に慌てだした。


「まずいずら、まずいずら! 遅れるずら」


 急いでリュックサックを背負い――、「今度はおいらが助けるずら~」と言いながら(やぶ)の中へ消えた。


 忙しいやつだ――、静かだったのは沼にハマってるときだけだったな。……ふと、沼の中で硬直(こうちょく)する顔を思い出し、込み上げる笑いを()えた。


「とりあえず、どんぐりはアイテムボックスに入れておこう」


 赤く発光する点線は藪のない、横道へと続いていた……。



 鳥居が二つ並ぶ神社は《チュートリアル会場》と表示されていた。


 左の鳥居の前で止まり、一礼して境内(けいだい)へと入る。本殿の前では犬が二匹じゃれている……赤っぽいゴールデンと、もう一匹は――青灰色? あと、黒い馬が一頭くつろいでいる。顔を覆うほど長い紫のたてがみって……。


 手水舎ちょうずやでの清めを済ませ、本殿の方へ向くと三匹がこっちを見ていた。


 あっ、動物はしなくていいのか……。まあまあ、今はウサギとはいえ、しないよりはした方が良いよな? 平常心、平常心っと。


 本殿へ向かうと、突風が待っていたかのように吹き抜けた――。


 風は本殿の後ろの山の木々までを揺らした――、と次の瞬間。身の毛がよだつ(とどろ)く声がした。


「最後の選ばれし魔獣たちは以上か?」


「「「はいっ」」」


 返事をした三匹を見ると綺麗な《ふせ》をしている――。さっきまでくつろいでいた姿が噓のようだ……。

 異様な展開に、俺の危機感知能力がチュートリアルで無いことを知らせ、脳内の《脱兎(だっと)》ボタンを連打する――。


 そもそも……、今の俺は誰が見ても抱きしめたくなる可愛いウサギちゃんだぞ! 

 魔獣って……、冗談はよしこちゃんですわ~。

 小さな白ウサギは1860年代の『不思議の国のアリス』を皮切りに、物語のマスコット的存在って相場が決まってるんですよ。

 わかった! チュートリアル会場と被ってしまったパターンね! うんうん、ならしょうがない。


 俺は他人の勘違いを許せる男。こういう時は相手に(はじ)をかかせないように……


「あっ、すみません。自分、ただの参拝客(さんぱいきゃく)ですので帰ります」


 完璧――。自ら名乗りだす(いさぎよ)さと謙虚(けんきょ)さ、これなら声の主も――。

 ところが……、声の主はガハハと笑うと「相変わらず、白兎族(しろうさぎぞく)は面白いの」と一蹴(いっしゅう)したのだった。



 そして……、俺だけが冗談を言った罰で正座させられている。これなら《ふせ》の方がまだいい。


「……では、神託(しんたく)を始める」


 声の主がそういった時だった――。


「遅れましたずらー」

「「「ずら?」」」


 聞き覚えのある声の方を振り向くと……、鳥居の左側から下半身だけ色の違うキンクマハムスターがリュックサックの肩紐を握り締めて向かっている。


「チッ」


 誰かの舌打ちする音が聞こえた気がした。


 キンクマは鳥居をくぐると石畳につまづいたのか、――地面に思いっ切り体当たりした。その拍子でリュックサックの中身が辺り一面に散乱……。散らばったのは大量の木の実だった。


 ……トトロかよ。そう思うと、存在不明の声の主は話し出した。


金熊鼠族(キンクマネズミゾク)は今回も遅れたか……、重ね重ねの不敬(ふけい)――。罰として境内に散らばった中身は供物(くもつ)とする」


「い、いやああああああああああああ」


 キンクマの泣き声は辺り一帯に響いた――。


 もちろんキンクマも正座をさせられ、しぼんだリュックサックを抱える泣き顔に、俺は心の中でドンマイを送った。


 「では、改めて神託を始める。選ばれし魔獣たちよ、力を示せ!」そういうと――、明るい光に包まれ、(まぶ)しさに俺は目を閉じた。


 目を開くと、左上に<HP><MP><スタミナ>のゲージ量を表示するバーが三色団子を逆刺しした順に並んでいる。


 これが神託の内容か? そう思ったのも、つかの間。


「あとはそれぞれステータスを確認し、精進せよ」


 その声を合図に、他の魔獣は「ふぅ」と足を崩す。どうやら、以上で儀式は終わりらしい。


 俺も正座から足を崩すと、体がコロンと横に倒れ、反動で仰向(あおむ)けになった。――動けない。《麻痺》状態の痺れアイコンが<HP>バーの横で点滅していた。


 正座で状態異常って……。クソ仕様と思ったが、妙なリアリティに平伏(へいふく)し回復を待つしかない。



 視界は先に来た三匹の顔で(ふさ)がれていた……。


 俺はすぐに三匹の変化に気づいた――。初めに見た時よりも、作画の荒さがなくなっている。というより、犬二匹は亜人になっている……。既視感のある作画は担当者が死に戻りするしかないだろう――。


 黒い馬の方は全体のディティールにこだわりが見える。そもそも、ただの黒毛ではなく緑がかった黒毛……。


 顔を覆うたてがみはその素顔をより美しく見せるために、ウェーブの束が計算されたように複数ある。また、その髪色は完熟したグレープを思い出す紫を主にして(いろど)られていた。


 そして、俺を見る黒い瞳は長いまつ毛で(かげ)を深めているのに、映るものすべてを反射している。


 これも神託の効果なのか……。そう思っているとキンクマが割って入り込もうとしている――。

 まさか、お前も――。


 何ひとつ変わらない作画に俺は安堵(あんど)した。

 うん、おまえはそのままがいい。


「てか、キンクマ。……なんでお前、動けんだ?」


「ん? おいら、物心ついた時から状態異常は無縁(むえん)ずらー!」


 キンクマのガッツポーズは他の魔獣を押しのけ、視界に(そら)が戻った。生まれつきってやつか――。


「えー!? きんたまさんすごーい!」


 声の主は亜人になった青灰の女の子だった。急にぶっ込まれた下ネタに俺だけが思わず「ブーッ」と吹き出してしまう……。目の前に誰も居なくて良かった――。

 

 まもなくして、吹き出した(つば)が顔に()(そそ)いだ。


「あべし」



 足の麻痺状態から回復するのをひとり待っていると、黄色がかった白髪の若い巫女(みこ)さんに話しかけられた。


「あの~、チュートリアルしに来た方ですよね?」


「あ、はい」


「良かった。実は教官をする住職が、どうせ今日は神託の最終日だから誰も来ないだろうと旅行に行ってしまってて……、もしもの時はこれを渡すようにと」


 渡されたのは一枚の御朱印(ごしゅいん)だった。……読めない。


「プロテクションって読むんです」


 巫女さんの言うように、よく見ると筆で<プロテクション>の文字が書かれている。また、<Magic or Sword>の朱印が押されている。


「ステータス画面を開いて、技一覧のところに置くと習得できますので」そういって、巫女さんはボブの髪を――。ふわっ。ふわっと揺らして社務所の方へ向かった。


 チュートリアルの教官にスキップされるってどんな状況――。

 と思いつつ、言われた通りにすると<習得完了>の通知とともに、紙は小さな光の欠片となって消えた。


 麻痺状態から回復し、お参りを済ませて二つ並ぶ鳥居の左から出る。振り返り、一礼。


 よし、今日はここまで――。と思い、来た道を戻りながらメニュー画面を操作し、<レポート>を押す。


 ところが……、《本体が焼失してレポートできません》と信号機の青色の文字が表示されるだけだった。


「いやいやちょっと待って。本体が焼失? じゃあ《退出》は――」


 レポート時と同じように《本体が焼失して退出できません》の表示が何度やっても出るだけだった……。


「つまり、うち火事になったってこと……?」 


 思い返せば、思い当たる(ふし)はある――。古い蛍光灯に、市内の火事。

 とりあえず、神社で保護してもらおう――。


「はあ?」


 振り返ると、空き地の先にさっきと同じ……山があるだけだった。

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― 新着の感想 ―
初めましてお邪魔させてもらいました 寝過ごした浪人生が異世界で白兎に転生するというシュールな始まりに笑ってしまいました。チュートリアルをスキップする教官やキンクマハムスターとの出会いに本体焼失で元の世…
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