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闇の遺産  作者: Mikosku
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ユイの歌

兄が失踪してから、ユイは周囲の世界に応じることをやめた。日々は不気味な沈黙の中で過ぎていき、彼女は部屋の畳に座り込み、黒沢邸の薄暗がりの中で迷子のように視線をさまよわせていた。外では、杉や楓の木々が屋敷に寄り添うように枝を傾けていた。屋内では、気温の変化に合わせて家が軋み、誰もいないはずの二階から遠くの足音のような響きが伝わってきた。


少女は話さず、食べず、眠りもしなかった。か弱い身体は同じ隅にうずくまり、細い指で着物の擦り切れた布を無意識に撫でていた。時折、唇がかすかに動き、聞き取れない言葉を紡いでいるようだった。そして、夜が訪れ、影が壁を這う頃、彼女の声が沈黙を破る。


それは、母が眠る前に歌ってくれた子守唄だった。


かつては優しく心を落ち着かせてくれたその旋律は、今ではどこか歪み、不規則な抑揚に引きずられながら、不気味に響いていた。まるで、時の流れが異なる場所から聞こえてくるようだった。


その夜、月は厚い雲に隠れ、霧が樹々の間を幽霊のように彷徨っていた。屋敷にまつわる不吉な噂を知る村人たちは、普段は近づこうともしなかったが、埃まみれの窓の向こうで灯りが不自然に明滅するのを見て、足を止めた。最初は、かすかに、まるで瞬きのような微かな光。次第に、それは狂ったように点滅し始め、まるで家そのものが見えない何かに呼吸を与えられているかのようだった。


その時――それを聞いた。


木の壁を通して漏れ聞こえたのは、静かな嘆きだった。悲しみに満ちた囁きが、聞く者の肌を粟立たせる。それは幼い声だった。しかし、叫びでも泣き声でもない。むせび泣くように震える囁きが、理解を超えた何かを引きずるように響いていた。


胸を締めつける恐怖を感じながらも、村人の数人は家の戸口へと近づき、少女の名を呼んだ。


だが、返事はなかった。


応えたのは、枯葉を石畳の上で舞わせる風だけだった。


夜が明けると、数人の男たちが意を決して中へ入った。引き戸が悲鳴を上げるように軋み、湿った埃の匂いが彼らを包んだ。朝の光が届いているはずなのに、家の中は異様なほど暗く感じられた。


少女は自室にいた。


隅に座り込み、色の抜けた髪が顔を覆い、まるで喪服のヴェールのようだった。呼びかけにも応じず、微動だにしなかった。


一人の男が彼女の肩に触れた瞬間――


彼女の身体は驚くほど軽く、崩れるように横たわった。


その肌は、氷のように冷たかった。


しかし、最も異様だったのは、その顔だった。


半開きの唇が、不気味な微笑を刻んでいた。まるで、生を捨てたことを喜ぶかのように。


喉の奥は真っ黒に染まり、まるで何かが内部から成長し、彼女を窒息させたかのようだった。


そして、空気の中にかすかに漂う――


誰もいないはずの部屋の片隅から、微かな子守唄の調べが、まだ聞こえていた。

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