呪われた遺産
黒澤邸は代々この家族に受け継がれてきた、軽井沢の森の端にひっそりと佇む古い邸宅だった。暗い木造の構造は、杉や楓の古木の間を漂う霧の中に際立ち、その曇った窓はまるで光を拒む目のように見えた。周囲の森は、長野の広大な山々の一部であり、深い影と忘れ去られた小道が広がる領域だった。風にそよぐ木々が囁き、地面には太古の秘密が眠っていた。
秋には紅葉が景色を赤や黄金に染め、まるで非現実的な輝きで邸宅を照らした。しかし、冬になると雪が大地を静かに覆い、霧は一層濃くなり、屋敷を完全に孤立させた。軽井沢は涼しい気候と澄んだ空気で知られ、東京の喧騒を逃れる裕福な家族にとって理想的な避難所だった。しかし、村人たちは「黒い家」と密かに呼び、その屋敷には代々、不可解な悲劇が付きまとっていると囁いた。
だが、ハジメはそんな噂を気にしなかった。彼にとって、それはただの誇張された話、迷信に囚われた田舎の噂にすぎなかった。ただの家――住む場所、家族と暮らす場所、遺産。それ以上でも、それ以下でもなかった。
リカは初めて屋敷の敷居をまたいだとき、背筋に冷たいものが走るのを感じた。しかし、それほど気にしなかった。最初はただ古い家だからだと思ったのだ。隙間風の音、床板の軋み、屋敷の奥深くに漂う古びた匂い。しかし、日が沈むたびに、その感覚は次第に重くのしかかるようになった。時折、空気の中に微かな囁き声が聞こえたような気がした。まるで屋敷そのものが、独自の呼吸をしているかのように。彼女はハジメには言わなかった。村の噂に流されていると思われたくなかったからだ。
しかし、子供たちは新しい家にすぐ慣れたようだった。十三歳のナオトは物静かで洞察力が鋭く、いつも妹のことを気にかけていた。六歳のユイは明るく無邪気に遊ぶ子だったが、ときおり遊びの最中にふと動きを止め、部屋の隅をじっと見つめることがあった。その表情には、驚きと困惑が入り混じっていた。
最初の数週間は、何事もなく過ぎていった。しかし、少しずつ、奇妙な出来事が日常に溶け込んでいった。
リカは、置いたはずの物が別の場所に移動していることに気づいた。毎晩きちんと閉めていた廊下の引き戸が、朝になると開いていた。ナオトは、夜眠る前に壁の向こうから何かが引っ掻く音が聞こえると言った。そして、ユイは一人で話すようになった。
「誰と話しているの?」と尋ねると、ユイはいつも同じ答えを返した。
「だれとも話してないよ。」
ハジメは、それらの出来事を気にも留めなかった。彼は論理的な思考を持つ男で、超常現象など信じない。しかし、そんな彼でさえ、次第に何かが変わったことに気づき始めた。
夜中にふと目を覚ますと、誰かがベッドのそばに立っているような気がすることがあった。慌てて照明をつけるが、そこには誰もいない。だが、空気は重く淀み、湿った木の腐ったような匂いが漂っていた。
この家の何かが、確実に変わっていた。