第98話 悪意の結晶
地面に発生した渦が勢いを増していく。
魔術を使える勇者が封じ込めようとするも止められない。
僅かばかりに速度が落ちただけで、渦の規模は拡大の一途を辿っていた。
徐々に沈む中、馬車に乗るシエンは感心する。
「素晴らしいな。この人数を押し返す出力か。どんな手を使っているのだろうね」
「敵を褒めている場合ですかっ」
「何を言うのだね、リリア君。相手の力量を推察するのは大切なことだよ。考えなしに対抗しても意味がない。こういう時こそ冷静に」
シエンが語る間に決戦部隊は完全に渦へと沈み込んだ。
次の瞬間、彼らは遥か上空へと放り出される。
そして落下を始めた。
「転移魔術か。悪くない案だね。自由落下の衝撃で大半の兵を殺すことができる」
「どうするんですか!? このままだとみんな死んじゃいますっ!」
「そうだね。死ぬしかないかな」
激しく回転する馬車内でもシエンの様子は変わらなかった。
好奇心と悪意に彩られた眼差しは、リリアのことを試しているようだった。
「生き残りたければ自力でどうにかするしかない――君もだよ」
「……ッ!」
リリアは魔術で肉体を強化すると、即座に馬車の外へ飛び出す。
地面はもうすぐそこまで迫っており猶予はなかった。
彼女は薄い幾重もの水の膜を作り出し、それらをクッションにすることで落下速度を殺していく。
地面に激突したリリアは地面を転がって苦しげに呻いた。
「う、くっ……」
リリアの右足が腫れて折れていた。
彼女は水の回復魔術で治癒を開始する。
すぐそばに馬車が落下し、中から無傷のシエンとソキが現れた。
「やはり生き延びたか。さすがだ」
「重傷を負いましたけどね……」
「命があれば問題ないだろう」
平然と述べたシエンは周囲の状況を見渡す。
そこは渦の発生地点とは異なる黒い荒野が広がっていた。
周囲に落下で潰れた死体が散乱し、それらの間に生存した志願兵や勇者がいる。
落下で死んだのは全体の二割ほどの数だった。
シエンは意外そうに顎を撫でる。
「ふむ、思ったより生存率が高いな。勇者が上手くフォローしたようだ。まったく、冷徹になれない者がいるらしい」
「ご主人様、帰還後に責任を問いましょう」
「そこまではしないよ。見捨てるように命令しておかなかった僕が悪い」
リリアがさらに言い返そうとしたその時、彼方から咆哮が上がった。
瘴気を振り撒いて進むのは数万を超える魔族の軍勢だった。
完全武装した魔族は、落下で陣形が崩れた決戦部隊のもとへ駆けてくる。
シエンは杖を片手に魔族の軍勢を見やる。
「さて、話の続きをしよう。僕が戦争を長引かせた理由だったね」
シエンが指揮者のように杖を振る。
潰れた死体が起き上がり、どろどろの肉塊となって蠢いた。
そして魔族の軍勢へと流れていく。
優雅に杖を踊らせながら、シエンは本心を述べる。
「魔族の成長力に魅力を感じたからだ」




