第95話 災厄の善性
シエンはじっとリリアを見る。
その表情は理解不能とでも言いたげなものであった。
深々と嘆息したシエンは大げさに肩をすくめる。
「僕の人情? 君も冗談を言うのだね」
「私は本気です。勇者と接するあなたの言動には確かな優しさが」
「気のせいだ。そうであってほしいという君の想いが認識を歪めたのだよ。注意したまえ」
シエンは迷惑そうに諭す。
彼は窓の外を眺めながら言葉を続けた。
「君が魔王討伐を依頼したのは災厄の賢者だ。本当は良い人などという都合の良い幻想に囚われるものではないよ。現実を見た方がいい」
「ですが……」
「ご主人様が忠告しているのです。素直に聞き入れるべきかと思いますが」
ソキが絶対零度の殺気をリリアに向ける。
それだけでリリアは口を閉ざし、指一本動かせなくなってしまった。
生物として備える本能的な恐怖が理性を上回ったのである。
リリアは呼吸すら忘れてソキの視線に凍り付く。
この使用人は、主人のためならばなんでもすることをリリアはよく知っていた。
その時、前方で爆発が発生した。
ソキの意識がずれると同時にリリアも我に返ってせき込む。
シエンは目を細めて頬杖をついた。
「おや、何かあったようだ」
「確認します!」
リリアが手の中に魔法陣を展開し、そこに前方の景色を映し出す。
数体の魔族が志願兵の隊列に襲い掛かっていた。
志願兵は即座に対処するも、既にそれなりの死傷者が出ている。
魔法陣の映像を見たリリアは驚愕する。
「これは……!」
「魔族の襲撃だね。こちらの動きを捕捉していたのだろう。こちらの結界を抜けてくるとはなかなかの手練れだ。よほど僕達を魔王と会わせたくないらしい」
「援護に向かいますっ!」
「待ちたまえ。君が出向いたところで戦況は変わらないよ」
シエンがリリアを制した直後、映像に変化が生じる。
魔族と志願兵の間に人造勇者が割り込み、瞬く間に魔族を倒し始めたのだ。
圧倒的な力を前に魔族は反撃できず、ほぼ一方的に死んでいく。
その光景を見たシエンは満足そうに微笑む。
「一騎当千の勇者が三百人もいるのだよ。何を慌てる必要があるのだね。魔族の襲撃も予想の範疇さ。計画に支障はない」
やがて襲撃に来た魔族は全滅し、部隊は移動を再開した。
兵士や魔族の死体は死霊術でアンデッドとなり、新たな戦力として加わることになった。




