第94話 選ばれた英雄
ほどなくして戦士達は移動を開始した。
一部の人造勇者が先導して、それに志願兵とアンデッド兵が続く。
後方にはシエンの魔術兵器を運搬する部隊もいた。
いくつもの巨大な木箱を手分けして持ち上げて運んでいる。
彼らは長蛇の列となり、魔王を目指してひたすら進む。
シエンとソキとリリアは馬車の中にいた。
位置は後方付近で奇襲を受けづらい場所だった。
馬車の周りは特に守りが堅牢で、何重もの結界で魔族からの攻撃を警戒している。
振動の少ない車内にて、リリアは目を閉じて集中している。
ほとんど動かない彼女を見たシエンは愉快そうに口を曲げた。
「何をしているのかな」
「瞑想で魔力を蓄積しています。少しでもお役に立てたらと思いまして……」
「君の制御では微々たる量しか溜まらない。誤算の範囲だからやめた方がいいよ」
シエンにはっきりと指摘されたリリアは固まる。
それから魔力操作を中断すると、姿勢を崩して息を吐き出した。
手持ち無沙汰になったリリアを見て、シエンはいつもの調子で尋ねる。
「ところで君はなぜ決戦に同行するのだね。使者の仕事にしても逸脱しているだろう。戦力的にも微妙なのだが」
「き、厳しい評価ですね」
「事実を述べたまでだよ。わざわざ君が参戦する必要性はない。だから気になっている。理由を教えてくれ」
少し落ち込むリリアに対し、シエンは平然と疑問をぶつける。
彼のまっすぐな視線に遠慮や気遣いという概念は存在しなかった。
リリアは下を向いて考え込む。
若干の葛藤の末、彼女は静かに告白した。
「シエン様に依頼したのは私です。つまり一連の戦いは私が発端なのです」
「発端と言うなら、君に命じた貴族や国王が先だろう」
「魔王討伐を誰に依頼するかは命令されていないんです。あなたを選んだのは私です」
リリアの明かした新事実にシエンは興味を示す。
彼は面白そうに微笑しながら足を組み直した。
「それは初耳だし光栄だね。君のような人物はもっと真っ当な戦士に頼むものと思っていたよ」
「えっと、自虐ですか?」
「まあね。我ながら頼るべき人間ではないと考えている。思想も技術も危険だからね」
シエンは淡々と自己評価を下す。
その内容に苦笑しつつ、リリアは改めて姿勢を正す。
それから彼女はシエンに告げた。
「私はあなたの中に人情を見い出しました。だから一番に依頼したのです」




