第89話 覚悟の差
地下から客間に戻った時、リリアの顔面は蒼白だった。
彼女はふらつきながらどうにかソファに座り込む。
そこにソキが紅茶を差し出した。
「飲みますか」
「いえ……結構です。すみません」
リリアはショックを受けていた。
非人道的な技術の数々に吐き気を催し、目にしたことを後悔すらしていた。
いくらなんでもあそこまで酷いとは思っていなかったのである。
倫理を度外視したシエンの研究は、リリアの想定から完全に逸脱していた。
しかしそれらが人類の希望でもあることを理解していたので、何も文句を言うことができない。
そもそもシエンに依頼をしたのはリリア自身だった。
深呼吸で落ち着きを取り戻したリリアはシエンに尋ねる。
「地下の発明はいつから用意されていたのですか」
「人造勇者の製造と並行して進めていたよ。技術自体は以前からの研究を流用したものだがね」
シエンが資料の束を差し出すと、リリアは首を振って固辞する。
知っておくべきと思いながらも理性が拒んでしまったのだ。
シエンは特に気にすることなく話を続けた。
「大多数の命を使い捨てて巨悪を討つ。設計思想は人造勇者と同じだよ。どうだね、あれだけ仕込めば魔王にも勝てるだろう?」
「……確かにそんな気がします」
「自信を持ちたまえ。戦争を制するのは我々だ。根拠なき不安は捨て去るべきだよ」
シエンはリリアの肩を叩く。
優しさや励ましよりも諭すような雰囲気だった。
彼はリリアの心境を見抜いた上で告げていた。
微笑むシエンは淡々と宣言する。
「決戦には僕も参加する。最前線で指揮を取るつもりだ」
「えっ、そうなんですか!?」
「なぜ驚く」
「シエン様は後方支援が専属と思っていたので……」
言葉を濁しているが、リリアはシエンのことを非戦闘員と見なしていた。
知能と技術に特化しており、戦いには参加できないと考えていたのである。
対するシエンは苦笑気味に述べた。
「もう勇者の育成をする必要もないからね。戦場に出てサポートする方がいい。魔王に挑むとなれば僕の力は必須だろう」
「私もご主人様に同行します」
微動だにせず立っていたソキが発言する。
彼女の表情にはあらゆる感情が見えず、そうするのが当然であると態度で主張していた。
(この二人なら魔王でも倒せそう……)
賢者と使用人を見て、ソキは背筋が寒くなるのを感じた。




