第83話 生還者の心意気
魔術工房の客間にて、賢者シエンは紅茶を楽しむ。
彼は向かい側に座るミランダを一瞥した。
ミランダの全身には無数の傷跡が刻まれている。
青黒い痣やうっすらと血が滲む箇所もあった。
ただし弱々しい雰囲気はなく顔色も良い。
傷跡は自然治癒で薄れている最中だった。
シエンはミランダに問いかける。
「体調はどうだね。不具合はあるかな」
「すっかり元気よ。何をしてくれたの?」
「君の魂を活性化させただけさ。あとは勝手に再生したから楽な処置だったよ」
ハロルドの死後、ミランダは魔術工房までやってきた。
そこでハロルドの死体を渡してシエンに事情を話したのである。
現在は来訪から七日が経過していた。
それからいくつかの質問をしてから、シエンは手元の資料に視線を落とす。
彼はページをめくりながら本題に移った。
「ハロルドは満足して逝ったそうだね」
「彼を守れなくてごめんなさい」
ミランダがすぐに頭を下げる。
これまでの七日間で互いに触れてこなかった話題だった。
シエンは怪訝そうに眉を曲げる。
「なぜ謝るのだね。君は最善の行動を取った。結果的に被害も抑えられたのだから上出来だろう」
「……怒ってないの?」
「人造勇者は犠牲が前提の計画で、既に何人もの勇者が死んでいる。もし怒りを向けるとすれば、彼らを設計した僕自身だろう」
淡々と語るシエンが顔を上げる。
いつもと変わらない理知的な表情だった。
嘘を知らない瞳は静かにミランダを見つめている。
「だから君には何も感じていない……いや、ハロルドの死体を持ち帰ってくれたからむしろ感謝しているよ」
「……あなた変人ね。ハロちゃんの言ってた通りだわ」
「自覚はしている」
シエンは平然と応じつつ、資料をテーブルに置いた。
彼はまた紅茶を飲んで尋ねる。
「君はこれからどうする」
「前線以外の魔族を狩るつもりよ。私は魂を視認できるから、人間に化けた魔族を狙おうと思って」
「ふむ、良い考えだね。まさに君にしかできない任務だ」
「でしょでしょ。ハロちゃんの分まで頑張りたいの」
ミランダは屈託のない笑顔を見せる。
魔術工房で治療を受ける間、彼女はこれからどうすべきか考えた。
ハロルドを失ったことで死にたくもなったが、彼の遺志を無駄にしたくなかった。
だから先へ進む道を選んだのであった。




