第82話 最期の言葉
黒銀の破片同士が密着し、僅かに再生する。
そうして出来上がったのは人間形態のハロルドだった。
ただし上半身のみで、皮膚の大半が黒銀に覆われている。
不安定な再生は致命的な損傷を意味していた。
目を開けたハロルドはすぐに謝る。
「……すまない。迷惑を、かけた」
「よかった。戻ったのね」
「なんとかな……まあ、回復するのは難しそうだが」
ハロルドはミランダの肉体を見る。
彼女のは全身は穴だらけな上、傷口が爛れて溶けていた。
会話できているのが不思議なほどに重傷である。
出血は止まらず、破れた臓腑が地面に散乱していた。
その姿を目にしたハロルドは提案する。
「……俺を、食え。それで再生するだろ」
「嫌よ。そんなこと、できない」
「今まで飽きるほど食ってきたじゃないか。死ぬ前に早くしろ」
ハロルドは語気を強めて告げる。
するとミランダは目に涙を浮かべて言った。
「——もうあなたを食べられない。だって人間だから」
「今じゃ正真正銘のバケモノだ」
「違う! 姿が変わっても心は人間よ。それを知ってるから食べれない」
ミランダは上体を起こす。
険しい表情になった彼女は魂のエネルギーを回復に集中させた。
肉体の再生が始まり、出血もだんだんと治まっていく。
ミランダはハロルドに優しく微笑んだ。
「私は死なないから安心して」
「そいつは、よかった……」
安堵したハロルドは息を吐く。
彼はミランダに頼み事を伝えた。
「賢者シエンに、謝っておいてくれ……できたら、死体も届けて、ほしい……研究に使える、だろうから、な……」
「ええ、任せて。他に言いたいことはある?」
「…………」
ハロルドがミランダの顔を見つめる。
まっすぐな視線だった。
彼は静かに告げる。
「お前が好きだ。誰かと、一緒に旅をするのは……初めての経験だった……過激だったが、楽しかったな」
「私もよ。たくさんの思い出ができたわ」
ミランダは笑みを深める。
その目から涙が流れて頬を伝った。
「ありがとう、ハロちゃん。ゆっくり休んでね。私もいずれ会いに行くから」
「お前は、不死身だろ……こっちに来るなよ」
「どうかしら。とりあえず応援しててね」
「……ああ、わかった」
ハロルドは穏やかに目を閉じる。
そして二度と目覚めることはなかった。
ミランダはハロルドの顔をゆっくりと撫でる。
「おやすみなさい」
彼女は子供のように泣き崩れた。




