第8話 賢者の価値
「これで七度目の生還だ。君はいつ死ぬのだろうね」
工房の外で座り込むケビンに向けられたのは、賢者シエンの辛辣な言葉だった。
堂々と立って見下ろしてくるシエンは、不敵な微笑を湛えている。
そこに悪意はない。
彼は率直な感想を述べているだけだった。
ケビンは座ったままシエンを睨む。
「俺が死なないのはご不満か」
「記憶は死体からしか抽出できない。そういう意味では残念かな」
「くそったれが」
舌打ちしたケビンは髪を掻く。
シエンという男は、皮肉や嫌味にも大真面目に答える。
そもそも罪悪感を覚えるような人間でないことも知っているため、ケビンはそれ以上の非難を諦めた。
工房の周辺には大勢の人間が座り込んでいる。
首輪を着けた奴隷だけでなく、傭兵や冒険者や騎士など多種多様だ。
彼らは他の戦場から生還した者達である。
死体は王国各地から運び込まれていた。
シエンが隣にいるせいで、無数の視線がケビンに注目していた。
ケビンは居心地が悪そうに尋ねる。
「なあ、どうして俺に話しかけるんだ。ただの奴隷だろ」
「君の悪運と執念を評価しているのだよ。何の才能もないのによくやっている。僕の予想ではあと一度か二度の出陣で戦死するはずだが、まあ覆されてもおかしくないとは思っている」
「それを本人に言うなよ……」
ケビンは肩を落として嘆息する。
口喧嘩など無意味だ。
それでも文句の一つでも言いたくなる見解だった。
(俺のことなんか放っておいてくれ。何も期待するな)
死体の運搬時、シエンは興味を持った人物に接触する。
話しかける理由は様々だが、彼独自の観点に基づいて選定されていた。
そのうちの一人がケビンなのだ。
他が優れた才覚を持つ中、ケビンだけが無名の奴隷だった。
シエンは悪運と執念を根拠に挙げるものの、ケビンはあまり納得していなかった。
工房から数人の男女が出てくる。
容姿も年齢も装備も異なるが、頭髪は示し合わせたかのように銀色だ。
彼らこそ人造勇者だった。
周囲で休憩していた者は慌てて退いて道を開けている。
歩き去る勇者を見て、ケビンは小声でシエンに訊く。
「今回の死体でまた勇者は強くなったのか」
「そうだね。僅かな変化だが確実に前進しているよ。概ね計画通りだ」
自信満々のシエンはそこから流暢に説明をする。
抽出した記憶は使い回せないこと。
初期段階の人造勇者は無機質だが、成長と共に自我が芽生えること。
吸収させる記憶は、勇者ごとにそれぞれ分野を偏らせていること。
最適な強さを求めず、様々な可能性を試行錯誤していること。
誇らしげに語るシエンに、ケビンは軽蔑に近い感情を覚えていた。
シエンは人造勇者の進捗しか考えていない。
その過程で発生する膨大な犠牲者を気にも留めていなかった。
(でもこいつのおかげで人間側が優勢なんだよな)
ケビンが複雑な心境で悩んでいると、少し遠くから悲鳴が聞こえてきた。
運び込まれた馬車を中心に人が倒れている。
血まみれになった一人が叫んだ。
「魔族だッ!」
叫んだ男の首が踏み潰される。
そのまま平然と歩き出したのは、顔が剥がれた女だった。
顔面から湧き出すように触手が伸びて、手足の皮膚が脈動しながら膨れ上がる。
死体に寄生した魔族が馬車に紛れていたのだった。
異形と化した魔族は俊敏な動きで疾走する。
その先にはシエンがいた。
「おや」
シエンは意外そうな表情で魔族を一瞥する。
その姿はあまりにも無防備で、迎撃の意志も一切なかった。
人造勇者も立ち去ったばかりでシエンを助けられる位置にはいない。
ケビンは魔族を見た。
それからシエンを見て、歯噛みする。
彼の葛藤、躊躇は一瞬だった。
「ちくしょうが」
そう吐き捨てたケビンはシエンの前に割って入る。
触手の刺突が彼の胴体を貫いた。