第79話 悪意の連鎖
下水道に広がる白銀の水が一か所に集まって人型を形成する。
そばで再生していたミランダが起き上がって声をかけた。
「ハロちゃん、大丈夫?」
「駄目だ。元の姿に、戻れない」
ハロルドが震えながら答える。
脈動する白銀の身体は異常な濃度の魔力を絶えず放出していた。
その勢いにハロルドは膝をついて苦しむ。
「ぐっ、くぅ」
「ハロちゃんっ」
「来るな! あいつの憎悪に感化されすぎた!」
ハロルドは立ち上がれずに唸る。
際限なく膨れ上がる魔力と衝動を必死に耐えているのだった。
彼の視界は激しく明滅し、色彩も狂っていく。
力強く押し付けた拳が地面を割り、半ばめり込む形になっていた。
(くそ、やっぱり無理があったか。なんとか誤魔化せるかと思ったが……)
後悔するハロルドはミランダを見る。
彼は張り詰めた声音で懇願した。
「……ミランダ、今すぐ俺を殺してくれ」
「何を言ってるの!?」
「限界なんだ。少しでも気を抜くと殺戮衝動に支配されそうになる……いずれ俺は理性を失って完全な魔族になるだろう。その前に止めてほしい」
ハロルドは早口で述べる。
体の表面に黒ずんだ色味が浮き沈みしていた。
黒ずみは徐々に広がって白銀を穢す。
ハロルドはノワールの精神を飲み込み、それを消化することに成功した。
その時点では何も問題はない。
しかし、以前からハロルドは殺戮衝動に悩まされていた。
今回の融合により、それが著しく刺激されてしまったのである。
これまで辛うじて保っていた均衡が崩れた現在、今度は己の本能に呑まれようとしていた。
ミランダは焦った様子で励ます。
「きっと人間に戻れるから諦めないで。必ず何か方法が」
「そういう段階じゃないんだ! 頼む、早く殺してくれっ!」
「できないわ! 私はあなたを愛している!」
ミランダが告げた直後、ハロルドの身体から黒銀の触手が飛び出した。
触手は無防備なミランダの腹を貫き、彼女を壁に叩きつける。
壁に縫い留められたミランダが吐血する。
彼女の前方では、ハロルドがゆっくりと立ち上がるところだった。
ハロルドは身体を左右に揺らして歩く。
綺麗な白銀に黒い濁りが混ざり、全身を不規則に流動していた。
掠れた声でハロルドが呻く。
「は、や……く、ころし、てく……れ……」
ハロルドの身体から無数の触手が噴き出した。




