第78話 意志の押し合い
液状化したハロルドを見ても、ノワールの余裕は崩れなかった。
彼は嘲笑して告げる。
「身体を液状化させてこちらの攻撃に適応する……悪くない発想ですが小細工の域を脱しませんね。私は無敵です。どれだけ策を弄しても殺害は不可能ですよ」
「勝手に決めつけるな」
「事実を述べたまでです」
「じゃあそれが間違いってことだ」
ハロルドが走り出し、下水道を満たすノワールの中へ飛び込んだ。
白銀の身体が黒い水に埋もれて、内部から淡い光を発する。
溶解作用はほとんど効いておらず、ハロルドの人型は保たれていた。
「無敵を自称する奴ほど簡単にくたばる。なぜか分かるか? 慢心したクソ野郎だからだ」
「何を――」
「融合さ。俺と一つになろうぜ」
ハロルドの身体が輪郭を失い、急速に薄れ始める。
正確には液状化した身体を拡散させて、黒い水全体へと浸透させているのだった。
黒い水に白銀の色が混ざっていく。
それに気づいたノワールは狼狽えだした。
「馬鹿な。そんな真似をして自我が持つはずがない! ただの自殺だッ!」
「だから勝手に決めつけるなよ。自殺かどうかはすぐに証明するから待ってくれ」
ノワールが白銀に変色した箇所を分離しようとする。
しかしそれより先に浸透が進み、全体が仄かに発光するようになった。
一度は薄れた白銀の色味がだんだんと強まっていく。
「やめとけ。もう融合が始まっている。どうやっても切り離せない」
「勇者ごときが小癪なっ! こうなったら貴様の精神をすり潰してくれる!」
「ハッ、上等だ。我慢対決といこうじゃないか」
大質量の水を舞台に、黒と白銀の押し合いが開始する。
最初は拮抗していた両者だが、だんだんとハロルドの色が優勢となっていった。
黒い水が漂白されたように薄れ、代わりに白銀の輝きが増す。
これにはノワールも驚きを隠せなかった。
「なん、だと……? 私の精神が押されている……ありえない!」
「人造勇者は無数の記憶を余すことなく吸収できる設計だ。魂や精神は死ぬほど頑丈にできている。賢者シエンの技術を舐めるなよ」
あっという間に下水道全体が白銀の輝きに包まれる。
黒い水は僅かな面積まで追い込まれており、それも消えかかっていた。
動揺と恐怖に満ちたノワールの声が辺り一帯に反響する。
「嫌だ! 私は悠久の時を生きるのだ! 崇高なる研究の果てに黒水の身体を手に入れた! 不老不死に到達したのだ! それなのにこんなところでェ……ッ!」
「本当に不老不死ならここで死なねえだろ。最初からやり直せ」
「ち、くしょ……う……」
最期の怨嗟を洩らした後、黒い水が消滅する。
そこには淀みない白銀の水だけが残された。




