第77話 液状の命
下水道を吸収して巨大化したノワールが、轟音を立ててミランダへと押し寄せる。
ミランダは飛び退いて回避を試みるも、足首に触手化した黒い水が巻き付いた。
引っ張られた彼女は転倒して頭を打つ。
「あら」
素早く動いたノワールにミランダが呑み込まれる。
黒い水に沈んだミランダは全身を一気に溶かされていく。
高い再生力で拮抗しているものの、ノワールの力は先ほどよりもさらに強まっている。
ミランダは徐々に原形を失い、小さな肉塊に変わっていった。
一方、ノワールは嬉しそうに解説する。
「多量の水分を取り込むと一気に強くなれるのですが、理性が不安定になるのが欠点でしてね。正直あまりやりたくないのですよ。ただ、あなた達を相手に手加減もできませんからね。さっさと終わらせましょうか」
「……ッ」
ミランダは必死に抵抗する。
魂を抉る爪もノワールにはほとんど効いておらず、損傷はすぐに修復してしまう。
圧倒的な質量の前では、彼女の攻撃は誤差の範疇であった。
「無駄ですよ。どんな攻撃を受けても体積が少しばかり減るだけですから。私はあなた達よりも不死身なのです。諦めてください」
ミランダは溺れながら溶ける。
そのまま意識が途切れる寸前、壁の隙間から白銀の水が噴き出した。
白銀の水はノワールからミランダを奪い取ると、離れた場所に着地する。
黒い水から救出されたミランダは溶解が止まって再生していく。
白銀の水は安堵した声を洩らした。
「ふう、なんとか間に合ったな」
「ハロ……ちゃん……?」
「遅くなってすまない。時間を稼いでくれてありがとうな」
白銀の水——ハロルドはミランダをそばに寝かせた。
彼は人型となってノワールへと近づいていく。
ノワールは警戒心を露わに呟いた。
「どういうことですか。その身体は一体……」
「俺の固有能力は変身だ。これまでに得た魔族の特性を調整して、お前に似た液状の身体を再現した。ここまで寄せるのは大変だったぞ」
会話中、ノワールがいきなり黒い飛沫を放つ。
飛沫はハロルドに命中して溶かして白煙を上げた。
しかしそれ以上の反応はない。
既に液状になったハロルドにとって、溶解攻撃は脅威ではなくなっていた。
付着した黒い水は白銀に埋まってすぐに見えなくなる。
腹を撫でたハロルドは満足そうに笑う。
「——これでようやくまともに戦えそうだ」




