第72話 黒水の根源
ハロルドとミランダは高台から黒い津波を観察する。
際限なく満ちると思われた津波は、徐々に引いて水位を下げていく。
黒い水は城へと吸い込まれるように消えた。
無人となった都市を見て、ミランダは不思議そうな顔をする。
「諦めたのかしら」
「十分に力を蓄えたんだろ。あの黒い津波は人間を溶かして魔力を吸収していた。もう必要ないから戻したんだ」
二人が話している間に、光り輝く城が黒く染まっていく。
黒い水が表面を覆い尽くそうとしているのだ。
禍々しい魔力の放出を感じ、ハロルドは身構えて睨む。
「来るぞ。死ぬなよ」
「ハロちゃんもね」
「誰に言ってんだ。俺は不死身だ」
「私もよ」
刹那、城から黒い水が放たれた。
高速で飛来したそれはハロルドの右肩を射抜く。
よろめいたハロルドは、穴の開いた肩を見た。
「おっ」
負傷した肩はすぐに再生を始める。
ミランダが心配そうにハロルドに寄り添った。
「大丈夫?」
「問題ない。気を付けろよ、魔力を奪われた。直撃すれば魂までやられそうだ」
「厄介な攻撃ね」
続けて黒い水が何度か発射されるも、二人は難なく回避した。
ハロルドは翼の生えた狼に変容し、高台から飛び降りる。
「このまま狙撃されるのは面倒だ。距離を詰めて仕留めるぞ!」
「はーい」
ハロルドとミランダは建物の屋根に着地すると、そこから城に向けて走り出した。
次々と飛んでくる黒い水を躱して接近していく。
数度の被弾はあったものの、二人の再生力を凌駕するほどではなく倒れずに進み続けた。
そうして彼らは城の前に辿り着く。
開かれた門の入口には小太りの男が立っていた。
男は華美なローブを羽織り、首から漆黒の宝石を下げている。
色白の顔は仮面のような笑みを浮かべていた。
ハロルドは唸り声を上げて問う。
「お前が教祖だな」
「ええ、そうです。お二人は勇者と魔女ですよね。何のご用でしょう」
「あなたに死んでほしいの」
ミランダが全速力で踏み出し、両手を振り上げて引っ掻こうとする。
ところが男の足元から黒い水が溢れ出し、球状の壁となって攻撃を阻んだ。
黒い水に触れたミランダの腕はどろどろに溶ける。
ミランダは即座に後退して自分の腕を振った。
男は悠然とした態度で笑っている。
「奇遇ですね。こちらも同じ用件なんです」
男の目や鼻や口、耳から黒い水が噴き出して周囲を蝕んでいく。
笑顔のまま男は告げる。
「大人しく死んでください」




