第62話 凄惨な出逢い
魔術工房を後にしたハロルドは徒歩で移動する。
王国の僻地を伝うように進み、深い森から隣接する帝国領へと戻った。
なるべく人間と出会わないようなルートを選んでいるのは、殺戮衝動を刺激しないためだ。
定期的に悪党を始末することで抑えているものの、それは問題の先延ばしに過ぎない。
ハロルドの精神は刻一刻と蝕まれていた。
シエンからは何度か人格矯正による衝動の治療を提案されている。
それをハロルドは断ってきた。
人格を弄ることで自己を保てなくなることが恐ろしかったのだ。
他者の記憶を取り込み続ける人造勇者にとって、自我とは唯一無二の重要な要素であった。
(しかし、そろそろ限界かもな……)
ハロルドの脳裏を弱音が過ぎる。
帝国領に入ってからも、彼は人目に付かない環境を突っ切っていく。
現在は白銀の狼の姿だったが、たまに頭から角が生えたり、尻尾が無数の触手になったり、手足の本数が増えたりと様々な変容を繰り返していた。
そのたびに彼は苦しげな声を洩らす。
ハロルドの固有能力は変身だ。
吸収した魔族の記憶から身体的特徴を再現し、使いこなすことができる。
戦闘面において非常に便利な能力だが、殺戮衝動の引き金にもなっていた。
ハロルド自身がこの能力を気に入っておらず、手放したいとすら思っている。
そういった心理が働いているためか、彼は変身を制御できていなかった。
絶えず変貌する異形の狼が山中を進む。
ハロルドはこのまま野外で活動する盗賊団や魔王信奉者を襲うつもりだった。
これまでと同じことだ。
魔王討伐には加担せず、緩やかに迫る破滅から逃げ続けるのが彼の人生である。
夕暮れが間近となった頃、ハロルドの嗅覚が芳醇な香りを捉えた。
それは形容し難い理性を崩す甘い香りだった。
彼は半ば無意識に加速し、茂みから茂みへと飛び移っていく。
辿り着いたのは一帯が赤黒く染まった場所だった。
飛び散った夥しい量の血液により、見渡せる範囲の草木が染まっているのである。
もはや原形すら残っていない魔族の死骸が散乱していた。
その数は少なくとも数百体はいるだろう。
異様な光景を前にハロルドは困惑する。
(なんだこれは……誰かが魔族を殺したのか)
芳醇な香りは血液地帯の中央から漂ってくる。
そこには裸の美女がいた。
美女は魔族の死骸を啜っていた。




