第61話 燃え滾る憎悪
魔術工房の客間にて、賢者シエンはいつものように寛いでいた。
対面のソファには銀髪の男が座っていた。
男から胡乱な眼差しを受けながら、シエンは平然と切り出す。
「君は非常に不安定だ、ハロルド」
「知っている」
人造勇者ハロルドは答える。
シエンは手元の資料をめくって話を進めた。
「魔族の記憶ばかり吸収させた勇者はどうなるのか。気になった僕はすぐに実行した。その結果が君だ」
「…………」
「重篤な精神汚染。特に人間への憎悪が深刻だね。これはおそらく魔物の本能だろう。君は殺戮衝動が抑え切れず、手当たり次第に人間を襲っている」
「お前の好奇心のせいだ」
「反省はしていないが謝っておこう。金品で許されるならいくらでも用意するが?」
「必要ない」
言葉とは裏腹にハロルドの視線は鋭く、少なからず非難の色が込められていた。
しかし、シエンは動じない。
彼は紅茶を飲みつつ冷静に語る。
「厄介な症状だが、君は賢い。悪党ばかりを狙うことで被害を減らしている」
「人肉ばかり喰らう羽目になっているがな。あれは本当に酷い味だ」
「そうでもない。工夫次第で改善できるよ」
「……喰ったことがあるのか」
「好奇心でね。何事も経験しなくては」
悪気もなく主張するシエンに、ハロルドはそれ以上の追及を諦める。
目の前の賢者にはいかなる言葉も通じないと知っていた。
当のシエンは平然と話題を転換する。
「ところで、活動地域を他国に置いているのはなぜかな。他の勇者は王国の前線で戦っているが」
「集団で行動すると仲間を巻き込む。俺は単独で行動すべきだ」
「それなら王国でもいいだろう。他国にこだわる理由がない」
「……なるべく他の勇者に会いたくない。劣等感に苛まれるからだ」
ハロルドは言いにくそうに答える。
シエンは大げさに首を傾げた。
「劣等感? なぜ君が劣等感を覚えるのだね。殺戮衝動を除けば非常に優秀だ。あまり卑下するものではないよ」
「お前には分からないだろうな。別に理解してほしいとも思っていない」
そう言ってハロルドは席を立つと、客間を出ていった。
入れ代わりに入室した使用人ソキが扉を閉める。
シエンは肩をすくめてぼやいた。
「やれやれ、怒らせてしまった」
「お気になさらないでください。彼自身の問題ですので」
「僕の失言も原因だと思うのだがね」
「ご主人様は悪くありません」
「そうなのか」
「そうなのです」
シエンとソキは何事もなかったかのように日常へと戻った。




