第59話 狩人の眼
帝国南部に位置する山脈。
そこでは小規模な盗賊団の縄張りがあった。
木々に隠れるようにアジトを建てた彼らは、略奪品の酒を飲みながら金品の勘定をしている。
盗賊達は酒を片手に笑い合う。
中央に集められた金貨は領主の屋敷から盗んだものだ。
一人の犠牲も出さずにやり遂げた彼らの実力は高く、近隣では魔物よりも厄介な存在として知られていた。
「最近は楽に儲かって笑いが止まらねえぜ」
「魔王軍に注意が向いているおかげだよなァ」
「被害は隣の王国ばかりなのによ」
「きっと怯えてるんだぜ。魔族が帝国まで来るかもしれないって思ってるのさ」
「ははは、違いねえや」
そんな中、一人の盗賊が深刻な顔をした。
彼はぼそりと呟く。
「帝国が警戒してんのは魔族じゃねえ。勇者だ」
「あ? 誰だそれ」
「なんでも賢者の秘密兵器らしいぜ。魔族を殺しまくるバケモノだとか」
話を聞いた盗賊達は顔を見合わせる。
そしてすぐにげらげらと笑いだした。
「どうせ嘘だろ。そう簡単に魔族を倒せるわけねえ」
「貴族とか王族連中が噂を流してるだけだ。そうやって国民を黙らせるのさ」
「ありがちな印象操作だ」
「俺達は引っかからねえけどな!」
そのうち調子づいた盗賊が立ち上がり、大きく手を振って叫び始めた。
男は野太い声で茂みの向こうに呼びかける。
「おーい勇者! 本当にいるってんなら、俺達を殺してみやがれっ!」
「ぶはははは、こいつ馬鹿だ!」
「来るわけねえだろうが!」
「そもそも勇者の敵は魔族だ。俺達みたいな盗賊じゃねえよ!」
「そりゃそうだ!」
見守る仲間達はすっかり酔って爆笑する。
その反応に気を良くした男は、ますます勢いづいて声を上げた。
「おーい! おーい! クソッタレの嘘勇者! 悔しかったら俺達を――」
男の言葉が唐突に途切れる。
呼びかける姿勢のまま、首から上が無くなっていた。
断面から血が噴水のように四散し、周りの盗賊達を染めていく。
彼らは状況を理解できずに呆けていた。
「…………え?」
声を洩らした者の首が刎ね飛ばされた。
四肢を痙攣させながら肉体が倒れる。
死体の背後で影が蠢く。
そこにいたのは銀色の毛を持つ大柄な狼だった。
狼は二人分の生首を口にぶら下げている。
じっとりとした瞳は残る盗賊達を捉えていた。




