第42話 人造勇者の変異
魔術工房の客間にて、シエンは満足そうな笑みを湛える。
彼は紅茶を一気飲みしてからゆっくりと話し出す。
「人造勇者には無限の可能性がある。そう自負しているが、まさか君のような例が出てくるとはね」
対面のソファには傭兵エナが座っていた。
彼女の隣には一本の剣が置かれている。
鞘に収まったその剣は端々まで見事な彫刻が施されていた。
魔力を感じ取れる者ならば、内側から湧き立つ膨大な力に気付くことだろう。
その時、剣から不機嫌そうな声が発せられた。
「なんだよ文句あんのか」
「とんでもない、むしろ感謝しているね。成長して武器に変身するなんて素晴らしいよ。当初の僕の想定をしっかり超えている。実に喜ばしいことだ」
ソキの注いだ二杯目の紅茶を飲みつつ、シエンは笑みを深めて頷く。
人造勇者マギリの特徴は何といっても外見だった。
自我が芽生えたと同時に彼の姿は剣となった。
以降、誰かに使われる形で戦いに参加している。
そのような存在は人造勇者の中でも彼だけであった。
「やはり人型には戻れないのかな」
「無理だ。別に困らねえがな。俺様は剣だ。使い手がいれば十分だろ」
「スロゥの記憶は馴染んだようだが他の死体は不要かね」
「有象無象の記憶なんていらねえよ。俺様が引き継ぐのは真の強者のみだ」
マギリは誇らしげに断言する。
それを聞いたシエンが発言する前に、ソキがソファの前に進み出た。
彼女は冷徹な瞳でマギリを見下ろす。
「言葉遣いが悪い。分を弁えなさい」
「うるせえな、戦場に出ねえ臆病者が。ぶった斬るぞ」
「ご自由にどうぞ。その前にあなたは鉄屑になるでしょうが」
「上等だ、やってみろよ」
マギリとソキが睨み合う。
衝突する殺意が絡み、場の空気を軋ませる。
それが破裂する寸前にエナがマギリを掴み上げた。
「はいはい、喧嘩はいけないッスよー。さっさと退散しましょうねー」
「おい離せ! まだあいつを斬ってねえッ!」
「斬るのは魔族だけにしてほしいッス」
マギリの文句を聞き流し、エナはそそくさと出発の支度をする。
それを眺めていたシエンが声をかけた。
「エナ君、調子はどうかね」
「ぼちぼちッス。しぶとく生きて小銭を稼いでるッスよ」
「それは良かった。ところで勇者になる気はないかな。小銭どころか使い切れない大金を稼げるよ」
「遠慮しとくッス。あたしは脇役が性に合うんで。何度も誘ってくれますけど答えは変わんないッスよ」
「ふむ、残念だ。君の精神性は気に入っているのだがね……仕方ない、戦死したら無断で改造させてもらうとするよ」
「まったく妥協してないッスね。いつものことなんで諦めましたけど」
肩をすくめたエナは足早に客間を去る。
提案を断られたシエンは愉快そうに苦笑した。




