第4話 犠牲の道
紅茶を口にしたシエンは、涼しい微笑で話題を転換する。
「さて、リリア君。人造勇者には二つの欠点がある。何か分かるかね」
「分かりません。欠点があるのですか?」
「完全無欠など存在しない。まあ、それを追求するのが僕の仕事でもあるのだがね」
シエンの目は異様な熱意を孕んでいた。
それを見たリリアは背筋が凍るような感覚に陥る。
彼女は深呼吸をして平常心を保とうと努めた。
一方、シエンは何事もなかったかのように話を進める。
「人造勇者の量産には時間がかかる、今すぐに軍勢規模を用意するのは不可能だね。魔王討伐まで年単位の計画になる。これが一つ目の欠点だ」
「そこは我々も理解しています。防戦に徹すれば五年……今後の戦況次第では七年は耐えられるかと。もちろん早期に決着するのが望ましくはありますが」
「よろしい。ではもう一つの欠点について話そう」
シエンが手を鳴らすと、ソキが部屋から出て行った。
その後、彼女の消えた先から物音が聞こえてくる。
「起動したばかりの人造勇者は何もできない。記憶の吸収がなければ、学習能力は常人にも劣るのだよ。実例を見せよう」
ソキが台車を押して戻ってきた。
台車には白い服を着た少女が丸まって載っていた。
少女は無気力な姿勢のまま動かず、ただ虚空を見つめている。
シエンは足を組みながら声をかけた。
「なんでもいい。言葉を発したまえ」
「…………」
少女は反応しない。
本当に生きているかも分からない姿だった。
困惑するリリアは答えを求める。
「あの、この子は……」
「もちろん人造勇者だ。ただし何も学習させていない」
シエンが立ち上がって台車の横で屈む。
彼はおもむろに手を伸ばすと、少女の銀髪をくしゃくしゃにした。
それでも少女はされるがままだった。
「自我も感情もなく、言葉も通じない。そもそも呼吸をしていない……内部構造が人間と異なるから不要だがね。ようするに学習前の人造勇者は赤子よりも主体性がなく、端的に言って役立たずというわけだよ」
「そんな……これでは魔王討伐なんて不可能じゃないですかっ!」
「ああ、まず無理だね。そこらのゴブリンどころかドブネズミにも敵わない。だがしかし成長限界も存在しない。だから将来的には必ず勝てる」
手を止めたシエンは断言しつつ椅子に座り直す。
乱れた少女の銀髪は、ソキが撫でて整えた。
一部始終を目撃したリリアは、少女を見つめて疑問を抱く。
(こんな小さな子供が魔王を倒せるの……?)
人造勇者では魔王に敵わないかもしれない。
そんな不安が押し寄せてくる。
無力な少女が倒せるのなら、世界はとっくに平和になっているだろう。
王国の使者を務めるリリアは各地の実情を知っており、尚更にそう考えざるを得なかった。
シエンはふんぞり返った体勢でリリアに要求を告げる。
「人造勇者は他者を糧にするのが前提だ。王国にはとにかく学習素材となる死体を集めてほしい。欠損や腐敗といった状態も一切問わない。記憶の欠落はあるだろうが、まあ使えないことはないからね」
「わ、分かりました。他にお手伝いできることはありますか?」
「人間をどんどん最前線に送って死なせてくれ。犯罪奴隷とか傭兵とか冒険者が適任じゃないかな。出来上がった死体はこの工房まで運んでもらおう」
「えっ」
リリアは言葉を失う。
たった今、シエンが発した要求を理解できなかった……否、理解したくなかったのだ。
シエンは不思議そうに首を傾げる。
「ん? どうしたのだね。何か問題でもあったかな」
「いえ……その、大丈夫です。いずれも国王に伝達します」
「過不足なく頼むよ。魔王を殺す重要な計画だ。ふふ、存分に楽しもうじゃないか」
「素敵です、ご主人様」
静観していたソキがシエンを称賛する。
シエンも得意げに胸を張るばかりだった。
ここで倫理や道徳を説いても仕方ない。
綺麗事で解決できる段階はとっくに過ぎ去っているのだから。
己にそう言い聞かせたリリアは、挨拶もそこそこに賢者の工房を立ち去った。




