第39話 守護者の産声
シエンが書類の束に手を伸ばすと、何枚かめくりながら五号に疑問を投げた。
「真理の目を攻撃する間、君は例の子供達を連れていた。鍛錬の一環だったのかな」
「それもあるが、本人達に因縁を断たせるべきだと思った。第三者が奪ってはいけない部分だ」
「殺人経験が精神を歪める危険を加味した上での判断かね」
「あの子達の心を信じた」
「信頼とは一歩間違えれば思考放棄だよ。君の責任は決して消えない」
「もし彼らが過ちを犯した時は責任を取る。それだけだ」
シエンの辛辣な追及にも五号は揺らがない。
覚悟の宿る眼差しは、一切の欺瞞なく賢者を見据えている。
その姿にシエンはため息混じりにぼやいた。
「まったく、本当に成長したのは誰なのだろうね……」
シエンは書類をめくる手を止めた。
示し合わせたようにソキが紅茶を運んできた。
シエンはそれを一口飲んでから新たな話題に移る。
「子供達は辺境の村に移住したそうだね。若い働き手として歓迎されたらしいが、君は別れて寂しくなかったのかな。真理の目を壊滅させた後も、弟子として同行させればよかっただろう」
「勇者の戦いは過酷だ。子供達を巻き込みたくない。平穏に暮らす道があるなら進むべきだ」
「……いずれ戦いの道に戻ってくるだろうがね。まあ、束の間の休息を取るのは悪くない。いずれにしても僕が口を挟むことではないからね。君の選択を尊重しよう」
シエンは肩をすくめて頷く。
これ以上の指摘は無粋だと考えたらしい。
彼は手を打って本題に入った。
「今回の休暇を経て、君は固有能力を獲得した。自我を確立して願望を持ったわけだが感想はあるかね」
「悪くない気分だ。命令に従うだけだった時より充実している。読書と料理が趣味になった。最近は任務以外の時間が足りない」
「ほう、素晴らしいじゃないか。順調に人間らしくなっているね。そのまま自由に満喫するといい」
五号の近況を聞いたシエンは彼の肩を叩く。
そして皮肉のない声音で告げた。
「君の固有能力が擬態なのは、遺された者を癒やしたいという優しさからだ。その心を今後も忘れないように。僕は期待しているよ、五号」
「もう五号ではない。ラルク……子供達から貰った名だ」
人造勇者の五号改めラルクはそう名乗って部屋を出ていった。
歩き去る姿に葛藤はなく、以前よりも強靭な信念を背負っている。
彼を見送ったシエンは上機嫌に笑った。




