第30話 偽る力
火災を目の当たりにした五号は冷静だった。
森は魔物が生息する危険地帯だが付近に街は村はなく、通り抜けようとする者もほとんどいない。
したがって急いで対処する必要はないと判断したのであった。
それでも危険な魔族が暴れている可能性も考慮し、彼は弓矢を構えて炎の中を進む。
人造勇者は強靭な身体機能を有し、火災による高熱や煙など意に介さない。
たとえ重篤な火傷を負っても再生できるため、五号の足取りに躊躇いはなかった。
彼は焼けた木々の間を平然と歩いていく。
やがて五号は燃える建物を発見した。
半ば以上が焼け落ちているせいで元の外観は判然としないが、小屋と呼ぶには些か大きすぎる。
十数人が余裕を持って寝泊まりできるだけの規模はあった。
建物から微かに人間の声が聞こえた。
五号は警戒心を解かずに敷地内へ踏み込む。
焼け焦げた広場の中心では、六人の子供が泣きじゃくりながら動き回っていた。
「院長先生ーっ! どこにいるのー!」
「お前のせいで焼けたじゃないか!」
「うるさい! 人のせいにするなよッ!」
「二人とも喧嘩しないで! 早く院長を探して!」
子供達は一心不乱に呼びかけたり、そばの瓦礫をどけようとしたり、激怒して言い争っている。
平常心を失っているのは明らかで、それぞれが感情のままに行動している。
ただ一つ共通しているのは、彼らの全身から濃密な魔力が立ち昇り、火や水や風といった現象となって瞬いていることだった。
(精神の乱れによる魔力の暴走……あの子供達が火災の原因か)
物陰から分析する五号は、ふと近く瓦礫に注目する。
一人の男が折れた柱に潰されて死んでいた。
白い制服は破れ、胸と腹に木片が刺さっている。
割れた眼鏡越しに覗く双眸は虚空を見つめていた。
五号は広場の子供達と男の死体を交互に眺める。
常に無表情だった彼の顔に、僅かばかりの逡巡が生じていた。
眉間に皺を寄せた五号は深く悩む。
「…………」
やがて何かを決心した五号は、下敷きになった死体を引きずり出そうとする。
死体の腕を掴んだ瞬間、五号の肉体が脈動を始めた。
皮膚が勢いよく波打って骨が収縮する。
突如として起きた己の異変に、五号は目を見開いて動きを止めた。
「……っ」
死体が急速に萎んで小さくなり、触れた五号の手に溶けて消える。
ほぼ同時に五号の異変も終了した。
彼は身体つきの違和感に気付くと、ルーンミティシアの勧めで買った手鏡で確認する。
そこには死体だった男の顔が映っていた。
首から下も瓜二つで、衣服が違う点と傷が全くない点を除けば同一人物にしか見えない。
五号は、自らが擬態能力を獲得したことを知った。




