第3話 人造勇者の計画
シエンとリリアは客間に移動した。
そこはローテーブルと椅子だけの簡素な部屋で、必要最低限の調度品だけに留められている。
最初の部屋のように書物で溢れているようなこともなく、掃除が行き届いていた。
向かい合うように座った後、シエンは先ほどより気さくな態度で話す。
「前々から魔王については調査してみたかった。そのための兵器も開発していたのだよ。見てみるかね」
「はい、ぜひ!」
リリアが答えた直後、扉が開いて銀髪の女性が現れた。
凛とした佇まいと端正な顔立ちは、同性でも見惚れるような美貌だった。
その女性は二人の前にカップを置いて紅茶を注ぐ。
リリアは「ありがとうございます」と会釈した。
紅茶を淹れ終えた女性は、ローテーブルのそばに立ったまま静止する。
そこから瞬きせず、人形のように一切動かない。
唐突に訪れた沈黙に、リリアは困惑気味に尋ねた。
「えっと、魔術兵器はどこに……?」
「目の前にいるじゃないか」
シエンは意地の悪い笑みで返す。
続けて彼は使用人を指し示して紹介した。
「彼女はソキ。僕が開発した人型の魔術兵器だ」
「以後お見知りおきを」
ソキは完璧な所作で一礼する。
それを見たリリアは静かに驚いていた。
「使用人かと思いました」
「そういう実験だから間違いではないよ」
頷いたシエンが羊皮紙をローテーブルに置いた。
リリアは前のめりになって注目する。
それは複雑な魔術理論を軸に書かれた設計書だった。
「培養した無垢な精霊を魔術合金のゴーレムに憑依させる。そこに死体から抽出した記憶を与えると、自我と身体が形成されて出来上がる」
「し、死体ですか。変わった製法ですね。しかし、それで魔王に敵うとは思えないのですが……」
「記憶とは知識と経験の集合体だ。それらを集約した存在はどこまでも成長できる。つまり魔王に勝てる強さまで、死者の知識や経験を学習させ続ければいい。無限に進化するのだから、理論上は絶対に負けないわけさ」
シエンは自慢げに語る。
己の発明に僅かな不安も抱いていない顔だった。
「なるほど……」
説明を聞いたリリアが感じたのは尊敬と畏怖だった。
魔術師として堪能な知識を持つ彼女は、人造勇者という存在が禁忌そのものであることを理解していた。
あらゆる不可能を踏み躙って成立しているのだ。
シエンは簡単に言っているが、人類が数百年と研究しても実現は困難であろう。
そのような技術を、個人で組み上げて所有していることが恐ろしかった。
(賢者の異名は伊達じゃない……いや、それでも足りないんだ)
リリアは自身の震えを知覚する。
眼前で寛ぐシエンが、下手をすると魔王を超える存在だと気付いてしまった。
毒薬の一気飲みなど序の口だった。
彼女の恐れを知ってか知らずか、シエンは勝手に話を進める。
「古来より魔王を倒した人間は勇者と呼ばれるらしい。だからこの兵器の名を"人造勇者"にしようと思う」
「素晴らしい発想です、ご主人様」
人造勇者ソキが拍手をする。
それを受けてシエンは誇らしげに胸を張る。
一見すると微笑ましいやり取りを、リリアは黙って眺めることしかなかった。