第29話 伸び悩む勇者
二人の勇者と対話した五号は国内各地を巡る旅を始めた。
ルーンミティシアの紹介で知った街を訪問し、そこで様々な娯楽を体験する。
ケビンの助言も忘れず、高価な飲食を注文したり、その場にいた他の客に酒を奢って飲み交わしてみた。
しかし、五号の心境に変化はなく、自我や願望の発見には至らない。
奢った客に感謝されながらも、彼の心境は曇ったままだった。
シエンの休暇指令から二十五日後。
五号は深い森林を歩いていた。
無表情の彼は悩む。
ルーンミティシアは元々は落ちこぼれだった。
命令に背き続けて、記憶吸収も拒否してきた。
彼女についてはいずれ廃棄処分になるか、弱いまま魔族に殺されるだろうと五号は予想していた。
ところがルーンミティシアは覚醒した。
彼女は挫折を機に奮起し、死体の記憶を直接吸収する固有能力で急成長を遂げたのである。
今では人造勇者の中でも有数の実力を誇り、最前線で積極的に戦うようになっている。
シエンが自我と願望の重要性を語るようになったのはルーンミティシアがきっかけだと五号は推測しており、実際にその考えは的中していた。
一方、ケビンは元人間という異色の経歴を持つ。
最大の利点である記憶吸収ができず、地道に鍛錬するしかないため自他ともに認める最弱の人造勇者だった。
その実力は狙撃特化の五号でも白兵戦で圧倒できる程度である。
個としての戦闘能力が不足する半面、使命に打ち込むケビンの態度は真面目そのものと言える。
固有能力を所有しており、瞬間的な爆発力では五号を凌駕しかねない。
人造勇者の特性上、成長限界もないので欠点についても今後の鍛え方で克服できる範疇であった。
二人の勇者と比較すると、五号は初めから優秀だった。
現在も堅実な戦果を出しており、模範的という評価に違わぬ活躍を見せている。
しかし、五号は伸び悩んでいる。
このままだといずれ二人に追い抜かされることは明白だった。
五号は立ち止まり、己の持つ弓矢を見つめる。
いっそのこと独断で前線に戻り、これまで通りに戦ってしまおうか。
記憶を大量に取り込めば、意外と簡単に停滞を抜け出せるかもしれない。
そのような考えが浮かんだが、五号はすぐさま思い直す。
(命令に背いてはならない。七十日が経過するまでは休暇だ)
五号が決意したその時、少し遠くで爆発音が轟いた。
彼は音の方角に顔を向けて注視する。
森の一端が燃え上がり、炎が巻き上がっていた。




