第26話 成長の停滞
男は魔術工房の客間に座っていた。
対面には書類を持った賢者シエンがいる。
シエンは事務的な口調で質問を投げかけた。
「君の要望通り、狙撃能力に影響しそうな死体を抜粋した。上手く定着したはずだが、何か異常はあるかね」
「問題ない」
答えてから男は目を閉じる。
暫し考え込んだ後、彼は静かに述べた。
「数学者と気象学者の記憶が特に役立ちそうだ。これならさらに精密な狙撃ができる」
「戦闘技能ばかりでは不満かと思ったのでね。様々な専門知識を融合できるのも人造勇者の強みだ」
シエンは書類に何かを書き込んで頷く。
作業を済ませたシエンは、男の顔を見て切り出した。
「人造勇者五号。君は模範的な男だ。効率重視で過不足がない。堅実な働きぶりは兵士からも評価されている。僕としては味方側の死体も提供してほしいところだが、まあそれは贅沢だろう」
「そうか」
弓使いの男・五号は素っ気ない返事をする。
シエンの感想に興味がないらしく、聞いているのか分からない反応だった。
それについてシエンも注意をしない。
慣れ親しんだやり取りであり、今更気にすることでもなかったからだ。
男に名前はない。
五番目の人造勇者だから五号と呼ばれている。
本人が名前など必要ないと断じており、シエンも放置している状態だった。
五号は身動き一つ取らずに座っている。
その様子をシエンは意味深に観察していた。
「…………」
客間に沈黙が訪れる。
それを破ったのは五号だった。
彼は立ち上がって弓を担ぐ。
「次の戦場を教えてくれ」
「いや、君には別の任務に就いてもらう」
五号がじっとシエンを見下ろす。
彼は怪訝そうに尋ねる。
「どんな任務だ」
「七十日間の旅。場所と目的は自由。金も出す。つまり休暇だね」
「休息は必要ない。肉体の機能は万全だ」
「それでは困る。僕は君に万全以上を望んでいるのだよ、五号」
シエンが立ち上がって告げる。
五号は表情を変えずに問いかけた。
「何を言っている」
「君の停滞を打破する実験さ。彼女の覚醒から思い付いた」
彼女が誰を指すのか、シエンは説明しようとしなかった。
五号もそこには言及しない。
シエンは書類の中身を見せながら語る。
「まず前提として、自分の性能が頭打ちに迫っていることには気付いているかね」
「自覚している。記憶吸収時の成長率が鈍くなってきた」
「それに加えて、初期の人造勇者の中で君だけが固有能力を持たない。狙撃能力は基礎技術の延長に過ぎず、記憶吸収で上達しただけだ」
書類には五号の性能の推移が記載されていた。
各戦場での活躍についても記されている。
シエンの指す停滞とは、これらの資料に基づく話であった。
「君の自我は曖昧で、今のところ命令に従うだけの人形に等しい。没個性は人造勇者の理念に照らし合わせると失敗だが、それを理解しているかな」
「出来が不満なら破壊しろ。その意向に逆らうつもりはない」
「そういう思考が駄目なのだよ。もっと君自身の感情を出したまえ」
シエンが五号の胸板を叩く。
五号は表情を変えず、淡々としな眼差しで生みの親を見るだけだった。
「停滞打破の鍵……固有能力の発現には願望が関わっている。その願望を抱くために自我が必要なのだよ。休暇の中で探したまえ。これは命令だ」
話が終わった途端、金貨入りの袋を渡された五号は工房から追い出される。
さっさと休暇に行けということらしい。
命令である以上、五号は逆らうことができない。
彼は行くあてもなく歩き出した。




