第24話 背負う覚悟
覚醒したルーンミティシアは街に蔓延る魔族を次々と抹殺した。
急激に力を上げた彼女に敵う者はおらず、形勢はあっという間に覆った。
首謀者である大鎌の悪魔が倒されていたことも要因の一つだろう。
その後、ルーンミティシアは防衛戦を展開するケビンの部隊と合流し、魔族を撤退させることで多くの民を守った。
街全体の被害は決して少なくないものの二人の活躍は大きく、生き残った人々は何度も感謝した。
復興作業が始まる中、二人は部隊を連れて賢者シエンの魔術工房へと帰還する。
客間で迎えたシエンはさっそくルーンミティシアに問う。
「久しぶりじゃないか。任務を放棄して心の傷を負った気分はどうだね」
「…………」
ルーンミティシアは黙り込む。
シエンは何を考えているのか分からない微笑で返答を待つ。
部屋の端に立つ使用人ソキは冷ややかな目でやり取りを見ている。
同じ人造勇者として、ルーンミティシアの行動を良く思っていなかったのは明白であった。
その空気に耐えかねたケビンが口を挟む。
「あんたはいつも辛辣だよな」
「迷惑をかけられた分だけ嫌味をぶつけているだけさ。当然の権利だと思うがね。それより君も情けないな。いつも満身創痍じゃないか」
シエンがケビンを指差す。
街での防衛戦を経て、ケビンは幾度も重傷を負った。
ルーンミティシアの魔術で応急処置は済ませているが、欠損した片腕や脇腹の風穴は治せていない。
魔力も枯渇寸前で、立っているのがやっとの状態だった。
それでもケビンの顔に陰りは見られない。
彼は世間話の調子で語る。
「これでも強くなったんだぜ? 単独で中級魔族にも勝てるようになったし、連携ありなら上級とも戦える」
「最高峰の肉体にしては渋い戦果だよ。もっと努力したまえ」
「はいはい、分かったから早く修復してくれ」
「いつもの部屋で寝ておくように。ついでに開発中の強化部品も付けてあげよう。次の戦闘も期待しているよ」
シエンに促されてケビンが退室する。
後を追ってソキもいなくなり、客間にはシエンとルーンミティシアだけが残された。
室内に沈黙が訪れる。
気まずくなったルーンミティシアはぎこちなく喋ろうとした。
「あの……」
「報告書は読ませてもらった。街の被害については言及しないよ。そこは僕の領分ではない。過去の怠慢も一旦置いておこう。説教は人生の浪費だからね」
シエンは淡々と話を進める。
ルーンミティシアの鈍い反応を見て、唐突に彼は告白した。
「実は侍女ユナから定期報告を受けていた。君の動向は常に把握していたのだよ」
「えっ……」
「自由気ままだが心優しく、勇者の素質は高い。いずれ任を果たすから気長に待ってほしいと嘆願されたんだ」
思わぬ事実を知ったルーンミティシアは固まる。
まさかユナがそこまで動いているのは知らなかったのだ。
シエンは手元の資料に目を落としながら呟く。
「放任主義には懐疑的だったが、今回の一件で考え直そうと思った」
「どういうことですの」
「君が固有能力を発現したからだ」
シエンが資料を手渡す。
ルーンミティシアは冒頭から読もうとするが、内容が難しすぎてまったく理解できなかった。
シエンはそれでも平然と説明する。
「本来、記憶吸収には煩雑な手順を要する。いずれの作業もこの工房で僕が行わければならない」
「でもわたくしは自力で記憶を取り込みましたけど」
「だから固有能力なのだよ。君は標準的な人造勇者から逸脱したわけだ」
ここでシエンが不敵な笑みを覗かせる。
興味関心が渦巻く研究者の目だった。
「接触による記憶吸収と即時の適応……素晴らしい機能だ。犠牲者を背負って生きるという覚悟が昇華したのだろうね。存分に誇るといい」
「わたくしの、覚悟……」
ルーンミティシアの脳裏を巡るのは、街で死んだ者達の顔だった。
彼らの記憶は余さず取り込み、決して忘れることはない。
シエンは試すような眼差しで尋ねる。
「君は大いなる進化を遂げたわけだが、これからどうするのだね」
「決まっていますわ。この力で一人でも多くの人を救います」
「己が変貌し続ける不安に向き合えるのかな。薄っぺらな心持ちではまた投げ出すことになるよ」
記憶吸収を避けるルーンミティシアの内心を見抜いていた。
だが、ルーンミティシアは怯まずに断言する。
「――もう負けません」
「そうか。ならば一緒に魔王を討伐しようじゃないか」
「ええ、喜んで」
応じたルーンミティシアは客間を立ち去ろうとする。
扉に手をかけた時、その背中にシエンが声をかけた。
「ルーンミティシア」
彼女が振り返った時、シエンはいつもより温かな表情だった。
しかしそれも一瞬のことで、すぐに本音を隠した微笑に戻る。
「自力で記憶を取り込める君は帰還する必要がなくなったが、気が向いたら顔を見せるといい。紅茶くらいはご馳走しよう」
「……最高級の茶葉でないと満足しませんわ。用意できるかしら」
「ふむ、善処しよう」
シエンの答えに頷いたルーンミティシアは、嬉しそうに客間を出て行った。




