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第2話 賢者の要求

 積み上げられた書物に占拠されたその部屋で、魔術師リリアは深々と頭を下げた。

 彼女は向かい側に座る人物に懇願する。


「賢者シエン・ルバーク様。どうか魔王を倒してください」


 椅子に座ってリリアを眺めるのは黒髪の男だった。

 着込んだローブは実用性のみを重視しており、華美な装飾は一切ない。

 両手の指と甲には術式の刺青が施されている。

 理知的な瞳は相手の本質を射抜く鋭さを宿していた。


 その男――賢者シエンは頬杖をついて面倒そうに尋ねる。


「まず君は誰だね。用件より先に名乗るのが礼儀だろう」


「王国の使者として参りましたリリア・フォムンです」


「ふむ、よろしく。それで用件は何かな」


「依頼内容は事前に何度かお送りしたのですが……」


「知らん。僕は研究で忙しいのだよ」


 シエンはそう言いながら羊皮紙に魔法陣を記している。

 片手間に仕事をする彼に対し、リリアは重ねて依頼を告げる。


「闇の魔王を倒していただきたいのです」


 リリアは恐る恐る封書を差し出す。

 それを受け取ったシエンは退屈そうに目を通し始めた。

 彼が読む間、リリアは深刻な口調で語る。


「西の大陸より魔王の侵攻が始まり三年……王国の都市は次々と陥落し、今や領土の半分程度が占拠された状況です。周辺諸国も王国を盾に遅延戦略を図るばかりで、有効な支援は望めません」


「国力に物を言わせた傲慢な外交のツケだろう。だから使い捨てのような扱いを受けるのだよ」


「た、確かにそれはそうですが……」


 辛辣な指摘にリリアは黙り込む。

 図星だったのだ。

 魔王が降臨するまで、王国は尊大な態度で周辺国と関わってきた。

 それを理解しているからこそ、リリアは何も言い返せない。


 魔法陣を描き終えたシエンは息を吐いた。

 そしてリリアの顔を見つめる。


「国の滅亡を目前にして、僕の助力を乞いに来たわけだね」


「はい……数々の魔術兵器を開発してきたシエン様ならば魔王にも対抗し得ると思いまして」


 リリアは窺うようにシエンを見つめ返す。

 彼は近くに積んでいた書物を読みながら返答した。


「これは世界の命運が懸かった依頼だ。相応の報酬でないと受けられないね」


「王国はあなたの望む額を用意いたします。宝物庫の魔道具も譲渡するそうです」


「いらない。そういう見返りに興味ないのだよ」


 瞬く間に書物を読み終えたシエンがリリアに歩み寄る。

 顔を寄せたシエンは淡々と宣告した。


「僕が望むのは君個人の覚悟だ。それを報酬にしたい」


「覚悟ですか……?」


「うん。君の命を捨ててほしい」


 シエンは懐から小瓶を取り出した。

 小瓶の中には紫色の液体が詰められている。


「開発中の劇毒だ。対象の魔力に作用して肉体を溶かす。絶大な苦しみを伴うが、確実に死ねるから安心したまえ」


「えっと、あの……」


「魔王は世界規模の災厄だ。それを君の犠牲で倒せるのなら安いものだろう」


 シエンは小瓶をリリアに握らせる。

 そして椅子に戻ってから不敵に笑った。


「飲み干したら魔王の死を約束しよう。契約魔術で縛ってもいい」


 リリアは小瓶を凝視する。

 無茶な要求を前に、彼女の呼吸は荒くなっていた。


「さあ、どうする。それとも命惜しさに依頼を断念するのかね」


「……ッ」


 刹那、リリアが小瓶の中身を一気飲みした。

 彼女は空の瓶を投げ捨てると、啖呵を切るようにシエンへと詰め寄る。

 鬼気迫る表情は様々な感情がない交ぜになっていた。


「これで、どうですか! 私が死んでも、約束は守ってくださいねっ……」


 シエンは無言で笑う。

 冷めた双眸の興味の色が差し込みつつあった。

 やがてシエンはあっさりと言う。


「君が飲んだのはただの水薬だ。つまり害はない」


「ど、毒ではないのですか!?」


「報酬に望むのは君個人の覚悟と言ったろう。己の命を天秤に載せて、世界のために捨てられる心意気だ。それさえ確かめられるなら毒でなくてもいい」


 シエンは悪びれずに述べる。

 真実を知ったリリアは非難を込めて睨む。


「私を、試したのですね」


「検証だよ。僕は言葉を信じない。何事も行動で示すべきだと思っている」


 シエンが手を打ち鳴らす。

 すると、天井の一部が開いて何かが落ちてきた。

 それは鎖に吊るされた魔族の死体だった。

 半ば以上が炭化した上に切り刻まれており、元の種族の判別は付かない。

 死体を一瞥したシエンは説明する。


「先刻、魔族側からも使者が来た。人間虐殺に協力するよう頼まれたのだが、同じ形式で覚悟を問うたら激昂していたよ。攻撃されたので返り討ちにしてしまった」


「毒を飲もうとしなかったのですね」


「僕が歯向かったのがよほど癪に障ったらしい。度量の小ささに呆れたよ」


 シエンは深々と嘆息する。

 彼がもう一度手を鳴らすと、魔族の死体は天井の裏に引き戻された。


「報酬は受け取った。約束通り魔王を討伐しよう。改めてよろしく頼むよ、リリア君」


 シエンは表面上は親しげに手を差し伸べる。

 呆気に取られていたリリアは、静かに腰を抜かして倒れた。

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[一言] こいつが人造勇者とやらを作るのかな? なんにせよ絶対に敵に回しちゃいかんタイプ
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