第15話 自他の領域
街の時計台の頂上で、ルーンミティシアは膝を抱えて座り込んでいた。
表情は暗く、ぼんやりと空を眺めている。
(あの男が気に食わない。元人間のくせに、口を開けば役割や使命ばかり……)
脳裏を過ぎるのはケビンとのやり取りだった。
人間の魂を使った勇者が生まれたと聞いた時、彼女はすぐさま様子を見に行った。
そこでケビンと出会ったのだ。
ルーンミティシアは興味本位で彼に話しかけたが、すぐに相容れないと確信してしまった。
元人間でありながら人間性を放棄した愚か者。
それがルーンミティシアから見たケビンという男だった。
ケビンは奴隷時代に培った服従理論を重んじる。
己の立場を理解し、過不足なく役割に徹する仕事人だった。
自由を愛するルーンミティシアとは対照的で、向こうも彼女の放漫な面を嫌っていた。
「勇者の使命なんて何も楽しくないのに」
ルーンミティシアは本音を洩らす。
彼女は勇者という立場を捨て去りたかった。
街の人々に慕われるのは気分が良いものの、それは別に勇者である必要がない。
魔王を倒した世界を救う存在になどなりたくないのだった。
「他人の記憶なんて欲しくない。どうして平然と取り込めるの」
ルーンミティシアは死体の記憶を吸収するのが恐ろしかった。
せっかく芽生えた自我が歪み、今の自分が消えてしまう気がするのだ。
だから学習を中断して街に滞在している。
賢者シエンの工房に戻れば強制的に記憶を送り込まれるのは目に見えていた。
だから帰ることもできない。
誰にも言えないルーンミティシアの悩みだった。
(勇者の任務なんてどうでもいい。人間らしく生きていくんだ)
彼女はそう決心した時、遠くから爆発音と悲鳴が聞こえた。
街の外周部から火が上がっている。
よく見ると複数の魔族が上空を陣取り、無差別に魔術を放っていた。
「魔王軍……ッ!」
ルーンミティシアは反射的に立ち上がる……否、立ち上がろうとした。
彼女は前のめりに倒れて時計台から落ちそうになる。
混乱するルーンミティシアは、自身の両脚が転がって地上に落下する様を目撃する。
そこで初めて攻撃されたことに気付いた。
倒れる彼女の前に大鎌を持った悪魔がいた。
悪魔は冷めた眼差しでルーンミティシアを見下ろす。
「揃いの銀髪……勇者だな。その割には弱いが、まあいいか」
そう言って悪魔がルーンミティシアを蹴り飛ばす。
彼女はあっけなく時計台から落ちた。




