第116話 人造の希望と災厄
シエンとリリアが転移した先は、漆黒の大地に根付く世界樹の前だった。
そこではソキやケビンといった人造勇者達が屯している。
彼らには加齢による老化は見られず、リリアは少しだけ羨ましく思うも表情には出さなかった。
手を振ってくるケビンに微笑み、リリアはシエンに尋ねる。
「世界樹の問題をどうやって解決するのですか?」
「養分である悪のエネルギーを、対となる善のエネルギーで相殺する。ただそれだけさ」
シエンが世界樹を指差す。
世界樹の端々にいくつもの装置が取り付けられていた。
羊皮紙に描いた魔法陣も貼り付けられており、一目で改造されているのが分かる。
「分かりやすく善のエネルギーと表現したが、具体例を挙げると生命の誕生やあらゆる自然現象を指す。使い手は少ないが、聖術の使用に伴う波動も含まれるね。とにかく世界を在るがままに進める要素は善のエネルギーと言えるだろう」
「人間の死も在るがままですが、悪に換算されていますよね」
「ふむ、良い指摘だね。死も本来は善のエネルギーに分類されるが、人間の感情が絡む関係で必然的に悪になってしまうのだよ。まあ細かいことは後で解説するとしよう」
二人は世界樹のもとまで歩いていく。
リリアは何か嫌なを予感を覚えながら質問を続けた。
「善のエネルギーで世界樹の汚染を相殺するのは分かりました。しかし、それをどこから集めるのですか」
「その疑問も予想済みだ。しっかりと対策してある。答えは別次元との連携さ」
「えっ」
シエンが指を鳴らした瞬間、視界が再び切り替わる。
二人は汚泥にまみれた荒野に立っていた。
勇者達の姿は消えたが、そばには変わらず世界樹がそびえ立っている。
「ここは……?」
「並行世界だ。座標的にはかなり近い。分岐の具合で言うと大差ない。僕達の世界とは双子くらいの関係かな」
シエンは面白そうに語る。
遠くに見える町や村は、リリアの知らない景色だった。
「僕は世界樹を他の世界に接続して行き来できるようにした。乗っ取って知ったのだが、過去に辿った世界の記録が残っていたのでね。それを利用して悪の養分を分配することにしたのだよ。経緯を考えたら返却を呼ぶのが正しいかな」
世界樹が黒い林檎を次々と落とし始める。
汚泥に衝突した林檎は魔族となり、雄叫びを上げて町や村へ向かい始めた。
いずれの個体もシエンとリリアは襲わず、まるで見えていないかのように素通りしていく。
リリアは困惑気味に魔族を見ていた。
「これもシエン様が操作を?」
「そうだよ。世界樹の分析を先送りにしたツケだ。きっちり払ってもらおうじゃないか」
「……悪の養分を他の世界に押し付けるのでは、これまでの回避方法と変わりませんよね」善のエネルギーによる相殺も見られませんが」
「この策には続きがある。嫌がらせの意図もあるが、真っ当な理由も含まれているのだよ」
シエンが近くの魔族に手をかざす。
彼の視界内にいた魔族の頭部が一斉に破裂した。
魔族破断面から鮮血を噴き上げて倒れる。
シエンは腕を下ろして解説する。
「人造勇者が倒した魔族からは悪のエネルギーが発生しない。完全に浄化されるためだ。これは人造勇者が精霊をベースに製造しているためだろう。偶然の産物だが、僕はこの特性に目を付けた」
黒い林檎は延々と降り注ぐ。
シエンはそれ以上、手を下すことはなかった。
放任された魔族達は群れとなって人々のいる地帯へ走り去る。
「つまり人造勇者で魔族を倒し続けることで、悪のエネルギーは減少傾向に向かう。完全なゼロにはならないが、均衡が取れる程度にはなるはずだ」
「人造勇者が倒すだけでいいなら、別に並行世界に押し付ける必要がありませんよね」
「皆で協力した方が確実だろう……まあ、素敵なプレゼントをしてくれた礼も兼ねているがね」
シエンは意地の悪い笑みを湛える。
リリアは深々とため息を吐く。
ここで追及したところで意味が無いことを彼女は知っていた。
諦めたリリアをよそに、シエンは平然と語る。
「世界樹の記憶を確認したところ、シエン・ルバークはどの世界線でも人造勇者を発明している。こうして魔族を解き放っても勝手に駆逐してくれるだろう」
「この作業を他の並行世界でも実施するのですか?」
「既に進めているよ。ソキ達が手分けして魔族の排出を管理している頃だ。いくつかの世界は調整に失敗して滅ぶかもしれないが、まあそこは僕達の責任ではないね」
「その時は私に教えてください。必ず救いに行きますから」
「ほう、できるのかね」
「やれることをやり通すだけです」
二人は見つめ合う。
やがてシエンは苦笑し、小さく肩をすくめた。
「並行世界に魔族をばら撒き、現地の人造勇者に倒させる。これを繰り返していけば、世界樹の汚染問題はいずれ解決できるだろう」
「どれくらいかかるのですか?」
「分からない。世界樹の蓄えた悪は無限に等しいからね。少なくとも君の死後だろう」
その時、二人の頭上から特大の林檎が落ちてきた。
地面で炸裂したそれは真紅の竜となり、空へと飛び立っていく。
「おや。当たりが出たね。人造魔王を呼ぶべきかな」
次の瞬間、竜の肉体が白炎に包まれた。
断末魔の叫びを上げた竜は墜落し、他の魔族を押し潰して絶命する。
白炎を放った張本人であるリリアは無言で杖を下ろした。
シエンは首を傾げて指摘する。
「君が殺すと悪のエネルギーが増えてしまうのだが」
「ではその分を働いて清算するので私を人造勇者にしてください。今のままでは寿命がとても足りませんから」
「……並行世界の魔族を殺し回るつもりかね。想像を絶する労力だよ」
「構いませんよ。ずっと魔術長官を引退したいと思っていたところです。老後の運動にはちょうどいいでしょう」
リリアは堂々と述べる。
思わぬ返しに目を丸くしたシエンは、それから表情を崩した。
「ははっ、いいね。悪くない……いや、素晴らしい。最高だよ、リリア君」
「お褒めに預かり光栄です」
リリアは手本のような一礼を披露する。
この日、災厄の賢者シエン・ルバークは六十年ぶりに人造勇者を生み出すことになった。
これにて本作は完結です。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
新作も始めましたので、よければそちらもお願いします。




