第113話 明日への希望
黒髪のシエンが膝から崩れ落ちた。
シエンは背中を丸めて何度も咳き込む。
弱り切った姿を見て、リリアは慌てて寄り添った。
「シエン様!」
「魂を……ほとんど使い切ったからね……間もなく力尽きる、だろう」
「そんな……」
リリアは悲しげに呟く。
一方、ケビンがシエンの胸ぐらを掴んで無理やり立たせた。
ケビンは顔を寄せて睨み付ける。
「ふざけんな。お前が犠牲になってすべて解決って、そんなこと許されるわけねえだろッ!」
「乱暴だな……君がいくら怒鳴っても、意味が、ないよ……僕のことより頭上を、警戒したまえ。魔族の出現は……完全に、止まったわけでは……ないからね」
「そんなことはどうでもいい。死ぬのが怖くないのか」
「この肉体は死ぬが、計画が成功すれば、世界樹を乗っ取る形で、復活できる……僕は自己の、連続性を……重視しないのでね」
シエンは何もかもを悟った顔で語る。
嘘偽りのない言葉を受けて、ケビンは無言で手を放した。
そして地面を見つめて歯を食い縛る。
続けてシエンはソキに告げた。
「あとは、頼んだよ」
「承知しました」
ソキは淡々と承諾する。
表情のない彼女だが、目から涙を流していた。
溢れ出す言葉を抑えて役割に徹することを選んだのであった。
銀髪のシエンのうち一人がその場の者達に説明する。
「これから五人全員で世界樹の乗っ取りを開始する。正直、どれだけ時間がかかるか分からない。早ければ数日、場合によっては百年後以上かもしれない。魔族の脅威は削がれるだろうが、過度の期待はしないでほしい」
黒髪のシエンがゆっくりと微笑を見せる。
不可避の死相に憑かれた顔だったが、目だけがぎらぎらと輝いていた。
「そういうわけ、で……世界樹の監視は任せた……もし僕の意識が敗れたら、世界樹を、別の次元に送るんだ……そんな可能性は、万に一つもないが、ね」
「シエン様」
リリアが前に進み出る。
目元を袖で拭った後、彼女は静かに頭を下げた。
「今までありがとうございました。また会いましょう」
「……うん。楽しみにしているよ」
五人のシエンが世界樹を囲み、両手で幹に触れる。
彼らは固有能力を発動し、己の宿す魂を残らず送り込んでいた。
力を出し尽くさねば到底敵わないと知っていたのだ。
世界樹に刻まれたシエンの情報は、消滅させようとする力に抗いながら複製を開始する。
ほぼ同時に六人のシエン・ルバークが倒れた。
魂を使い果たした彼らが起き上がることはなかった。




