第110話 諸悪の根源
手紙を途中まで読んだところで、リリアは思わず声を出してしまった。
「えっ、何ですかこれ」
「どうやら別の世界や時代の僕が書いたようだね。すべて読んでみるかい」
「遠慮しておきます」
リリアはげんなりした顔で首を振る。
シエンの持つ羊皮紙には、びっしりと文字が書かれていた。
元の文章が埋まってしまうほどの密度で、それぞれのシエンが言葉が記されている。
余白が足りなくなったのか、新たな羊皮紙が何枚も貼り付けられていたり、魔術による音声メッセージも添えられていた。
膨大な量の文字を見て、リリアは疑問を呈する。
「これは……本当にシエン様なのでしょうか。そもそも別の時空なんて信じられません。ありえない話です」
「時空間の超越は理論的には可能だよ。まだ体系化できていないがね。筆跡も明らかに僕のものだから、署名は偽りではないだろう」
シエンは羊皮紙をひとまず折り畳んだ。
はみ出した余白部分も押し潰して圧縮する。
微笑むシエンは世界樹を見上げて述べた。
「賢者シエン・ルバークはどの時空にも存在するらしい。内容から察するに、それぞれの性格は異なるようだがね。これは辿ってきた歴史の違いだろう」
「暢気に分析してる場合か! 結局、この樹をぶっ潰す方法は見つかったのかよ!?」
降り注ぐ魔族を迎撃しながらケビンが怒鳴る。
ソキを筆頭に勇者達は魔族をひたすら倒していた。
周囲は死骸で埋まりつつあり、辺りには濃密な血の臭いが漂っている。
戦力的には勇者が圧倒しているが、それでも油断できない局面であった。
シエンは世界樹に触れながらケビンに告げる。
「破壊はできないね。この世界樹はあらゆる時間軸の悪を吸い続けてきた。概念防御が強大すぎてお手上げだよ。ここですぐに閃くなら、それこそ別の僕がどうにかしているだろう」
「くそ! 諦めるなんてお前らしくねえぞ! それでも賢者かッ!」
シエンとケビンが言い合う中、リリアが手を打った。
彼女は名案とばかりに言う。
「破壊はできなくても、世界は救えますよね。手紙のシエン様がやってきたように、世界樹を別時空に飛ばしてしまえばいいんです!」
「それは敗北したようで嫌だ。絶対にやらないよ」
「じゃあどうするんですかっ」
リリアがシエンに詰め寄る。
するとシエンは悪意に満ちた微笑を見せた。
「別世界の僕は根性が足りないね。対策なんていくらでもあるのだよ」




