第11話 覚悟した者の歩み
ケビンは思考停止する。
姿見に映る自分自身と、シエンの言葉を信じられなかったのだ。
「はぁ……?」
混乱する頭を掻きつつ、ケビンはゆっくりとシエンを見る。
そして半笑いで尋ねた。
「俺が勇者だって? 冗談だよな」
「純然たる事実だよ。君という存在を余すことなく有効活用すると言ったろう」
「それは死体から記憶だけ抜くって意味かと思ったんだ」
シエンが懐から羊皮紙と羽ペンを取り出した。
彼は羊皮紙に図を描いてケビンに見せる。
「通常、人造勇者の自我は記憶の吸収によって形成される。しかし今回は君の死体から魂を抽出し、そのまま起動前の人造勇者に移してみた。擬似的な死者の蘇生だね」
「俺を助けたのか」
「魂と人造勇者の組み合わせには前々から興味があってね。死んだ君を実験に使っただけだ。くれぐれも勘違いしないように……まあ、面白い成功例ができたから感謝はしているよ」
シエンは羊皮紙を折りたたんでポケットに仕舞う。
それから不意にケビンの顔を覗き込む。
ぎらついた知識欲が渦巻く目付きだった。
「さて、ここで一つ問題だ。ただの奴隷だった君の価値は人造勇者になって跳ね上がった。使い捨てるには惜しい人材になったが、今後どう行動するのかね」
ケビンはすぐに立ち上がった。
彼は深呼吸をした後、静かに口を開く。
「命令してくれ。魔族と戦うのが勇者の役目だろ」
「素晴らしい。大正解だよ、ケビン君」
シエンは嬉しそうにケビンの背中を叩く。
彼にしては珍しい、皮肉や嫌味の感じられない晴れやかな表情だった。
「ちなみに従来の人造勇者と違って、君は記憶の吸収ができない。成長限界がないから地道な鍛錬なら強くなれるが、その覚悟はあるかね」
「当然だ。なんだってやるさ」
再び答えるケビンに迷いはなかった。
そこにソキが歩み寄って「どうぞ」と衣服と剣を手渡す。
微笑する彼女は、先ほどまでより親しげな様子だった。
装備を整えたケビンは魔術工房を出る。
そこには大勢の傭兵が待っていた。
傭兵達はケビンに注目して騒ぎ出す。
「新しい勇者様だ!」
「意外と若いな」
「でもやる気のある顔だぜ!」
「一緒に戦えて光栄です!」
ケビンが呆気に取られていると、背後からシエンが近付いた。
彼はいつもの笑みで囁く。
「君の部隊だ。生死は問わないが必ず帰還するように」
「任せとけ。何度でも生還させてあんたを困らせてやるよ」
堂々と宣言するケビンは自信に満ちている。
それは新たな勇者が誕生した瞬間だった。




