第109話 責任の所在
上の文章を読んだかね。
なかなか良いんじゃないかな。
ただ『愛を込めて』はナンセンスだ。
賢者シエンの語る愛なんてゴブリンの糞にも劣る価値だろう。
皮肉として解釈すれば、まあ一定の評価はできるが。
個人的には末尾まで名前を伏せていた点も気に食わなかったな。
というわけで先に自己紹介をしておこう。
僕の名前はシエン・ルバーク。
上記の手紙を受け取った"現代の"賢者シエンである。
もっとも、この手紙をさらに過去へ飛ばそうとしているので、君からすれば未来かもしれないがね。
細かいことはどうでもいいだろう。
用件はシンプルだ。
未来から転送されてきた世界樹だが、僕の手にも負えない。
とりあえず君の時代に押し付けさせてもらう。
ここまでの研究資料を近くの木の根に挟んである。
世界樹の耐久テストについて記録してあるから目を通したまえ。
それと未来の僕は隠しているが、世界樹から術式による存在改竄の痕跡が見つかった。
おそらく魔術の実験で世界樹の属性を歪めてしまったのだろう。
己のミスを隠蔽するとは情けないね。
こんな風になりたくないから気を引き締めるとするよ。
言うまでもないが、世界樹を破壊する方法は見つからない。
既存のすべての系統の魔術を試したが通用しなかった。
時空魔術で過去へ飛ばすことはできるようだが、結局は問題の先送りに過ぎない。
くれぐれもこんなことは君で止めるように。
さて、メッセージはこれくらいでいいかな。
手紙の余白にこれを書いているわけだが、そろそろ飽きてきたんだ。
ではさようなら。
◆
無責任な賢者が二人いる。
未来の僕は他人に丸投げするのが得意らしい。
いや、過去の自分に任せているから他人ではないのか。
そこはどうでもいいか。
この手紙があることから察してほしいが、三人目の無責任な賢者は僕だ。
僕の手で世界樹を破壊できなかったのは悔しいが、別次元に飛ばさないと世界が滅亡するのでね。
やむを得ない判断というやつだ。
前の僕が残した資料を確かめたところ、世界樹は現在進行形で成長している。
世界を渡るたびに、新たな悪を養分にしているようだ。
つまり問題解決はどんどん困難になっている。
養分吸収を止める手段もないため、今のところ黙認するしかない。
ただ、僕は新たな発見をした。
世界樹そのものではなく、時空魔術の改良だ。
ここまで過去に転送することしかできなかったが、並行世界へずらせるようになった。
似て非なる世界に上書きする形で、この忌々しい樹を消滅させられるのだ。
実に画期的なアイデアだろう。
並行世界に飛ばせるなら、それはもう破壊したも同然ではないだろうか。
どうせ過去に送り続けても進歩はなかったのだ。
これでひとまず僕の世界には平和が戻る。
つまりこの手紙を受け取ったのは別世界の賢者シエンだ。
名前は微妙に違うかもしれないし、まったく同じかもしれない。
何にしても僕と同一の立ち位置の人間だろう。
きっと世界樹の問題を解決に導いてくれると信じているよ。
では頑張りたまえ。
◆
並行世界から素敵なプレゼントを受け取った。
心温まる最高の贈り物だ。
おかげでこの世界は魔族の蔓延る終末時代に突入した。
広い意味では自業自得かもしれないが、これには文句の一つも言いたくなる。
やあ、ごきげんよう。
僕は賢者シエン・ルバーク。
幸運にもこの手紙を見た君に託したいことが……




