第106話 魔王の正体
優雅に歩く賢者シエンは両手を広げて天を仰ぐ。
その顔は歓喜に満ちていた。
「見たまえ、リリア君。絶景だよ」
前方ではソキが魔族と殺し合っていた。
シエンの安全を確保するため、ソキは魔族を引き寄せる香りを発していた。
そして集まってきた魔族を無差別に抹殺する。
竜から得た莫大な魔力により、彼女の身体機能は極限に達していた。
数に任せた魔族の攻撃は通らないどころか、ソキの糧にされる始末であった。
「暴力は原始的で美しい。この瞬間のために生きてきたのだと錯覚しそうなほどだ」
木っ端微塵になって死にゆく魔族を見て、シエンは楽しげに語る。
彼の後ろにいるリリアは嘔吐していた。
濃密な瘴気に毒されたのもあるが、精神の摩耗が原因だった。
重くなった足はなかなか動かず、使命感だけで無理やり進んでいた。
「我々は時代の最前線にいる。存分に誇るといい」
「…………」
リリアに返事をする余裕はなかった。
彼女はなるべく思考を捨てて歩くことに集中する。
圧し掛かる絶望を振り払って歩き続けた。
相当な時間をかけながらも、彼らは幾万もの魔族を殲滅する。
散発的に魔族がやってくるがピークは完全に過ぎていた。
リリアは膝に手をついて呼吸を整える。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「君は本当にすごいね。常人の限界を超える底力がある。魔術的な才能ではないね。根性と執念でここまでやってきたのか。面白いな」
「あなたは、どこまでも……っ」
疲労のせいでリリアは言い返せない。
下を向く彼女を愉快そうに見つつ、シエンは前方を指差した。
「それより顔を上げたまえ。ついに見つけたよ」
シエンの言葉に従ったリリアは驚愕し、その場で固まる。
濃密な瘴気の先には、途方もなく巨大な漆黒の樹木がそびえ立っていた。
地上からだと樹木の先端は見えない。
幹の表面にはきめ細かな銀の光が散りばめられており、全体が宇宙のような輝きを放っている。
「ここまで近付かないと視認できなかったのは、何らかの認識阻害が施されているのだろう」
「綺麗……」
リリアは無意識に出た言葉に自分で驚く。
その時、枝に黒い林檎が実り、地面に落ちて弾けた。
林檎の残骸が魔族になってシエン達に襲い掛かる。
すぐさまソキが拳で瞬殺して振り返った。
「ご主人様」
「魔族を生み出す樹木か。さっきの竜も果実だったのだろう。この樹木こそが真の魔王だと言えそうだね」
シエンの目の色が変わった。




